赤木文庫 一心二かびやく道 11/21



によつて此所をゆの山共名付たり殊更さやうのてをいは立所にへいゆするきどくふしぎのゆにて有
是は其かみやくし如來のをしへにてきやうぎぼさつのかいき被成し薬のゆいそぎ此ゆに入へしとけすが
ごとくにうせ給ふあき高をはしめおの/\これはふしきの次第也其ゆの山とやらんはつね/\きく所也いか様是は
仏神の御つげ也いさ/\其ゆへ參れとてひめ君をはしめあまたの人々相そへてはや有馬山へ三重と い
そがるゝ山にもなれば誠にふかきおく山の谷のそこより出ゆにて是ぞもろこしのりさんのおんせんきう
共いつつべしふしきといふもをろか也やかて此ゆに入給ひて一七日に也給ヘは少ししるしそみへにけるひめ君
いよ/\たのもしく思召心にこめて大くはんをこそ立られけれそも/\此山の薬のゆは其かみぎやうぎ
ぼさつのかいき御本ぞんはやくし如來とう方上るりせかいのあるしかりに此しやばせかいにそんしてしゆ
じやうのびゃうくをすくひべつしては三づ八なんのあくしゆにだするをたすけ給はん御じひなれは只
今かのおつとが命をすくひ給はゝみらいやう/\此ゆのさうぞくかいとなむへし猶々如來の御力をそへ給ヘと
天にあふぎちになげうちふかくいのらせ給ひしは有かたかりける次第也誠にやくしの御せいくはん申すも中/\
おろか也三七日と申にはこと/\くへいゆしてもとのことくならせ給ふよしながもひめ君かゝるめでたき事あ
らし此うへは大願ぜうじゆのしるしにゆあがりばを立べし此山中に有ゆへあまねく世間の人々のきゝ
をよばぬもことはり也と石切ばんじやうかぢさいくあらゆる物共めしよせやがていとな三重み 立にけりあ
またのゆつぼの其内に切石を以てたゝませ其上にゆやを立むねをならべ十二間のあがりは廿五間の
きうそくじよ其外殘りなく立つゝけ扨ゆやのぶきやうあがりばのつかへ人に十二人のせうじやをつ
めさせ何にふそくの事もなしつたへきくげんそうのくわせいきうと申共是にはいかてかまさるべき此こと
よもにかくれなくきんりゑんはうのもの共病人はいふにをよばすみのやうじやうを心がくる物共我も/\』
(八ウ)

と來りけり爰にいつくの物とはしらね共らい病人來つて是はきどくの薬のゆいか成やまふもほんふ
くすと承はりはる/\爰に來りしが誠にきくにこへおびたゝしやとゆに入ながら御奉行へそと申たきこと
の候此度御願主かゝるけつかうつくさせられ其聞へかくれなしそれに付此願主にそと願度こ
との候申つたへてたび給はゝかたり申さん時にゆ奉行立より何此ゆのぐはんしゆに申たき事有とは何事
にて候ぞらい病人聞てあふ有がたし御らんせられ候通りかゝるあく病をうけ此やうじやうのためゆに
入候へ共すぢほね手あしもかなはねは思ふ所へ手もゆかずあはれ此願主へはゞかりながら我かせ
中をかきさすりてもらい度候此むねをうきやうに申てたべとそ申ける奉行おどろき扨々なんぢらつ
れの者なれはれいぎをしらぬは尤といひながらにあはぬ事を申物かな此願主はうへつかたにてこ
とに上らうの御事なれば人のあかなとをかゝせ給ふかたにてなしましてなんぢがやう成病人人のまへゝもお
そるゝ物也と大きにいかつて申けりらい病人是をきく尤にて候さりながら此ゆやこんりうの大願はぼ
さつの六はらみつの行になそらへ何事にても此ゆに來る物の望をやぶらせ給ふましとの大願と承る
さあらば千万人の望をかなへ給ふ共此病人一人が心をやぶり給はゝまん/\のぜんごんもいたつらことと成へし只
/\此事をくはんしゆへ申入給へとさらぬていにて申けり奉行聞て扨々きやつめは誠ににんひにんのことく
にて少のどうりは申ものかな此事ひめ君に申迄はなけれ共御なぐさみのため又はわらい草のたねにも
と御前に參り扨々おかしき事の候とて次第に申けりひめ君つく/\聞召いや/\是はたうりを申物に
て有まん/\のせんごんも一人の心をやぶる物ならは皆いたつらに成ベしかれが望にまかせみづからあかをかい
てゑさすべしさりながらつまを持他人のあかをかくといふ事人の口もいかゝなれ共是はよのぎにかはり
じひせんこんのわざといひ出/\みづからあかをかいてゑさすべしとやかてゆやに入給ふ扨ひめ君かの病人』
(九オ)


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