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わだざかもり

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わだざかもり
初段
さてもそのゝち.さがみの国のぢう人.わだのよしもりは.一もん九十三ぎを
引ぐして.山したじゆくかはら.ちやうしやのしゆく所にうちよつて
よひ三日のさかもりは.おもしろうこそ聞へける.ちやうじやもかね
てごしたる事なれば.かうしやうしゆんによぜきくあいと申て.と
らにおとらぬゆうくんを.十八人すぐつて.わたどのともてなせど
され共わだの心ざす.とらはざしきになかりけり.つかいを立て
めさるゝに一どのつかいにへんじせず.二どのつかひにいであはず.
すは三どにもなりしかば.わだは大きにはらをたて.いこくをみねば
そはしらず.ほんてうにおいてをや.ぶしうにちゝぶ.さうしう
によしもりなんどが打よつて.さかもりをせんずるに.人はよはずと
出あひしやくをも取.いまやうをもうたひ.すいさんせんこそほんにて
有べきに.かほとめすにいであはぬは.とらはふしぎの物かな.山じた
うちをいでよといへ.あさひなとこそいかられける.はゝの長じや此
よしを聞召.いや/\あしかりなんとおぼしめし.とら御ぜのいたりける.一
(一オ)
ま所へ立いり.しやうしをへだてての給はく.いかにとらごせたといまん/\の事有共只今出て
わだのまへにてしやくを取.みうらへかへし給へ.それふてんの下にしやうをうけ.わうどに其身を置
事は.大じにてあらずや.とらごぜとこそ仰ける.とら此由を聞よりも.あらうたてのはゝの仰かな
けんじん二くんにつかへず.ていぢよりやうふにまみへずと.申ほんもんこそさふらへ.介なりにけい
やくし.又介なりを引かへて.わだにけいやくあらんとや.おもひもよらぬ事成へし.とらは是に有つる
が.よになし物の十郎とちぎりをこめ.かまくらの方へとも申させ給へはゝうへと.めせ共とらは出ざ
りけり.はゝの長じや.しごくのはらにすへかねて.いかにとらごせ聞給へ.むかしもおやにかう有と
もがらを.わごぜにかたつてきかすべし.それはくゆうは.はゝにうたれ打つへをはかなしみて.よはる
つへにねをゞなく.しんのまうそうは.はゝのねがい物とて.時ならぬしはすに.たかんなをもと
むるに.ゆきかうざんにふりつみ.たかんなさらになかりけり.しよ天是をあはれみ給ひ.ゆき
の中に.竹のこ三本までそだつ.よろこび是を取て帰り.八十にあまりたる.はゝのねかいをみて
けると承はる.くはつきよははゝをやしなひかね.我子をつちにうつめんと.打けるくわの下よりも.
こがねのかまをほり出し.二たびちやうじやに成と聞.さればにや人の子の.たいないにやどり.た
ねをおろすはかりことは.ぽん天よりもいとをおろし.大かいのそこ成.はりのみゝをとをすより.なを
うけかたふてまふけたり.二百七十よにちは.たいないにやどり.かみ仏にもいまれ.九ほんのしやう
とへまいることもなし.たま/\人間にうまれくる.其時のくるしみは.いきたるうしのかわをはぎ.せんからだ
(一ウ)
ちの其中へ.おひいるゝよりたへがたし.けんとうそせつのふゆのよはふすまをかさねはごくめり
きうか三ふくのなつのよは.松風にたわふれて.そらふくかぜをまねきよせ.およそさんしをは
こくめり.三さいに成までのみけるにうみ.ぽんぶいかでかしるべきゞ.かたしけなくもしやくそんは.だんど
くせんのかたはらにて.しつかにさんだんしてみ給ふに.およそ一百八十石にしるさるゝ.此ことはりを
聞時は.しろきほねはちゝのをん.しゝむらははゝのおん.はうじてもはうじがたきは.ちゝのをんととかれ
たり.しやしてもしやしがたきは.はゝのをんととかれたり.しうをんかうによしゆみせん.ひもおんしんに
よ大かい.いつれをはうしつくすべきゞや.とらこぜたゝ今出て.わたのまへにてしやくを取.三うら
にかへし給へ.それさなき物ならばそうしてあの十郎殿の.むまくらみぐるしうて.そかよりのしゆく
かよひを.おもひとゞまり給へと.あららかにの給ひて.ちやうじやはさしきへなをられしは.十郎殿
のためには.めんほくなふこそ聞へける.介なりそうがんになんだをうかべ.それ天人の五すい.人間
の八くとて.八つのくの有其中に.ひん程つらき物はなし.ひんくとだにも也ぬれは.したしきな
かもうとふ也.うとき人にはいやしまれ.たんほのころもをそめされば.ふつほうをもそうほうをも.
くやうせずてうせきともしければ.三ほうのふせをもおこなはす.ひやりじゆんじにまじわらね
ば.なぐさむかたもなし.たま/\はつざにつらなつて.心はかうじやうに.人にすぐれて思へ共.かさねの
きぬを身にきねは.かたみつまりてばつかしや.けふ此比介なりなんどか.たのみたらんするゆう
くんを.おそらくはあのとのばらかふんとして.ゆうくんいたしさかもりせんなんといはしなれ共.よにしたかへ
(二オ)
挿絵(二ウ)
挿絵(三オ)
ば力なし.侍かさふらいにむかつて.うでくびをにぎり.きしよくするはならひ也.世をも人を
もくずのばの.うらむらべきにてなし.やとて.はんくよいそねむ介なりも.我身の程をくはんじつゝ.
たもとをかほにおしあてゝ.なみだにむせび給ひける.とにもかくにもすけなりの.こ
ころのうちなにゝたとへぬかたもなし.
二だんめ
さても其後.とら此よしを聞よりも.十郎殿はなにことを仰さふらふゞ.むかしの人かめ
にみへ候か.とうぼうさくが九千ざい.うつゝらの八まんざい.りうちくわしやうの.二まんざいの
じやうみやう.こしのおきなの三千ざい.二千ざいをふるとは申せ共.なをのみ聞ていまは
みず.あすをしらざる心にて.けふのらくこそうれしけれ.とゞろ/\となるかみも.おもふ中をは
よもさけし.一人ましますはゝのふきやうはかうむる共.さしきへとてはいづましき.十郎殿と申
ける.すけなりきこしめされて.あらやさしの女のことばや.かほとやさしきゆうくんを.さしきへ
いださぬ物ならば.ちやうじやのうらみふかゝるべしとおぼしめし.いかにとらごせ.只今のことばは.やま
ならばしゆみせん.うみならはさうかいよりも.なをたのもしく候か.爰にちかふことばの候.おやのふ
けうと仰らるゝことは.わたくしならず.三がいをいたゝひてまします仏のみなを.けんろうち
じんと申.しやくそんよつてとひ給ふ.三がいをいたゝひてましますは.いか程おもきゞととい給へは.ぢ
じんこたへていはく.しゆみの山にとうしんを一すぢ置たるよりも.なをかろく候が.爰におもき
(三ウ)
物の有.おやのふけうをへ.しうのかんたうをかうふりたる物のとをる時.大ちかわれてみかいれ
ば.あたりのきくさもかれはて.川をわたればせたへし.そこのうろくづも.しやうをめつし.ち
じんがかうべに.七しやくのけんをたつるより.たへかたしとの給へば.しやくそんをはしめ.あみたほとけ
三世のしよふつたち.したをまひてぞかんじ給ふ.又五しやうと申は.五のまきのたいはほん
に.一しやふとくさぼん天わう.二しやたいしやく.三じやまわう四しやてんりんじやうわう.
五しやぶつしんととかれたり.三しうと申は.いとけなき時.ちゝはゝの家とて家をもたね
ば.おやにしたがふく一つ.わかくさかん成時は.おつとの家とて家をもたねは.つまにし
たかふく一つ.扨らうして其後.子共の家とて家をもたねば.子にしたかへるく一つ.さ
れば仏のとかれたり.三がいにかきもなし.六たうにほとりもなし.女にみつの家なしとは.
爰を仏のとき給ふ.かゝるいわれの候そや.只今出てわだのまへにてしやくを取.三うら
へかへし給へ.それさなき物ならば.なこりをしくは候へ共.介なりはそかへ蹄るべし.とら此よしを
聞よりも.はゝのふけやうと仰らるゝをさへ.御身にかへておもひしに.御身もふけうと仰
あらば.さらばいでんといふまゝに.十二ひとへのきぬつまを取て.さしきへこそは出られける.
つもる年は十七才.かいたう二ばんのゆうくん.おとなけなくもよしもりの.とらに心をかけられしも.
ことはりとぞ聞へけれ.とらはさしきに出.わた殿ともてなせ共.さかづきのけふたい心にそます.
よしもり御らんじて.いか様にもとらがさかづきのきやうたい.心にそまぬとみゆる.つまの十郎
(四オ)
か内に有か.いたらば出てさかもりせよと.つかいをたてよ.とらはなのめによろこふて.
十郎の方へつかひたつ.介なり聞召.いづましきとおもへ共.只今出ぬ物ならは.おくしたり
と思ふべし.にはかのことなれば.かけゑぽしにぞきたりける.なつのにくさづくしぬふたる
ひたゝれに.九寸五ふんのよろひどをし.たみたるあふぎおつ取そへ.まへばんにぞさひた
りける.大まくつかんでうちあげ.介なり是に候とて.さしきをきつとみわたせ
ば.ちやくざによしもりをはしめ.とらも長者も.一門九十三ぎくるまざにはらりと
いながれ.介なりがいうずるざしきはなし.爰にわだのみぎざに.たゝみが一でうあひた.
わだはみうらの大將とて.おそれてなをる人もなし.介なり御らんじて.あらこと/\しや.わ
だといふにみうらの大將.介なりはいとうの大將.まつこかく成侍が.わたかいたるざしきに.介
なりざせで有べきかと.おめずをくせずはゞからず.右さにむんずとなをる.かくてさ
かつき三ごんとをつてのち.はゝの長者いたる所をずんど立.てうだいへつつと入.まきへ
のばんにもみちのかはらけすへて出.いかにとら此さかづきにて一つのふで.いづ方へなり共
おもふ方へさし給へ.とら此由聞よりも.あらむつかしのはゝの仰かな.わたならばよしもりへ.十郎な
らば介なりへ.させとは仰もなくして.いつかたへなり共.思ふ方へとはわたへさすならば.十郎のうら
み有.又十郎にさすならば.わだのうらみ有.とやせんかくやあらましと.あんしたりし有さまを.物
によくくたとふれば.あかしのうらの人丸の.すゝりとふでとれうしを.そばにおかせ給ひて.出る
(四ウ)
挿絵(五オ)
舟入ふね.立なみふく風によそへて.卅一しのことのはに.もらさしとあんし給ひしも.是にはいかでまさる
べき.ふかく物にたとふるに.大こくのこと成に.みかど一人おはします.みかどの御なをば.げんそうくはうていと
申.然にくわうてい.三千人のきさき有.たい一のきさきを.ぐし君と申其次のきさきをは.
こうのうのやうげんゑんの御むすめ.やうきひとぞ申ける.然にやうきひ.三国一のびじんたり.
御門てうあいなゝめならず.くぎやうせんぎまち/\たり.いやしきひ侍の子共.やうきひが一
のきさきにそなはらば.もゝしぎや大みや人をふりすて.我/\たいりを罷出んとそうもんす.右を
くだりにやうけんゑんの一とう.ぐし君の一の后にそなはらば.もゝしぎや大みや人をふりすて.
我/\大りを罷出んとそうもんす.御門ゑいらんまし/\て.ぎやう/\しの有檬や.あなたをいわへは
こなたのうらみ有.又こなたをいはへはそなたのうらみ有.いつかたのうらみおもはぬやうにと思召.
天ほう十二年七月七日の日.しんでんのかくのまへ.二人のきさきをめされて.るりのばんに
はくせきこくきのてうずに.すいぎやうのつのゝさいを.白かねのどうに入.はやく三ばん一とくの
せうぶにかけて.くらいをあらそひ給へ.后たちとのせんし有.后は聞召れて.うらみもこいもの
こらず.さらばうたんとて.さいのめを合給ふ.はしめのかちはやうきひ.其次はぐし君てづめの
せうぶになつて.おりはに也ければ.やうきひのこいめには.でう三をこはれたり.ぐし君のこいめ
には.てう四をこはれたり.両の心いくばくそ.てう三にもでう四にも.かたぎつておりずし.たうの
内で此さい四つにわれ.ぐし君のかはれたる.でう四もをりやうきひのこはれたる.でう三もお
(五ウ)
りければ.御かとゑいらんまし/\.あふやさしのさいや.なんぢはうしのつのなれど.人の心をちうにしつて.
さやうにふるまふかや.さらはてんをなせとて.さいのめにしゆをさいて.其時まではて
つちでう二.でう三四てづちでう六と申せしを.しゆざんしうじと申こと.此御よよりもはしま
れり.其さいと申は物の心しつたれは.二つにわれ四つにいで.一の后にそなはる.そのこ
とくみづからも.さしたき方は両方.二つにわれてのけかしと.ちぐさにものをあんじけるとらこ
ぜのしんぢう何にたとへぬかたもなし
三だんめ
其後はゝの長じやは.此よしを御らんじて.あらおそやとらごぜ.さらは其さかつき一つのふで.いつかた
へ也共.おもはさらん方へさし給へ.とら此由を聞よりも.はゝごはさながら物にくるはせ給ふそや.此こ
とばのなかりせば.ろう人也きやく人也.わだへこそさすへきに.此ことばを聞ながら.わだへさすな
らば.かいだう七か国のゆうくんのなをりたるべし.なんでう此さかつきをは.わだへはさすまし物.つまの
十郎にさそうづ.おのこなれば取てまふず.のむ程ならば.あさいなふるこほりが.ざしきをお
つ立申さん.其時みづからうへこそ女也共.心はなんしにちかふまし.あらなさけなしとよわだ殿.色有
人に色なきは.花みてえだをおるとかや.爰をはひたすらみづからに.ゆるさせ給へと.さゆるてい
にてあさいなが.めてのわきにさいたる刀ひんぼうて.わだが心もとにさしたて.かへさん刀にて.みつから
じがいし.つまの十郎にはらきらせ.しで三つの大川を.介なりもろ共にてにてを取くんで.ゆ
かばやと.只一すぢに思ひ切.いかに御一もんの人/\.はゝ子のおもひざしせよとさふらう程に.よそけま
(六オ)
ふもさふらうと.つまの十郎にむすとさす.介成御らんじていや/\のふでは.ことあしかりなんいかゝはせんと思召す
が.只今のまぬ物ならはおくしたりと思ふべし.あらめつらしの盃やと.もつて三どそくんだりける.よしもりき
しよくかはつて.やあ十郎只今の盃は.のむましき盃也.まさしくよしもりをさけて.取てのふた
る物かな.それ盃はのむほうか有ぞ.しせんわかき殿原の.川かりがりくら打過.ゆうくんの本へ打
よつて.酒をのむにらつふになつて後.おもはしきゆうくんか.一つくんで是をは.あれにまします人
へと.さいたるを取てのふだるこそ.時のめんぼくなれ.さすは日比の女.のむは日比のおのこ.二人の物
か立出.又さしきに人もなきやうに盃をさしかよはし.のぶたる所は.よしもりが存しには.ばつくんちがふ
て存.それおいたるを以てうやまふはぶものごとし.若きをもつてあいするを.していのごとしと.しるを以て
しんりん.しらぬはぼくせき.はうばいのこらしめに.さしきを取ておつ立よ.はや立よとぞいからるゝ.上をま
なふしもなれば.下ざ成若物.そは成打物ひつたをし/\.はゞき本をくつろげ.仰にて候そ立とおつ
立る.いたはしや介成.からのかゝみでみは一つ.立もさすが也.いふんさんしゆにいたつて.ちく/\になをきんきよくの
こゑ有.かはづ殿の御なをは下さし物と存れは.いかにわた殿大名なれど.みうらの大将介成は.身こそひんなれ
いとうの是は大将.まつこかく成侍に.たうざのはちをあたへ給ふ物かな.只今さしきをたでうず物は.そもおつはたに
まこ太郎.いとひさに源八.ゑがらの早太たねなが.あさいなぞ有らんに.只一人か立ざれは.うしろのていもさひしき
に.よしもりも立給へと刀のこい口を.二三寸斗くつろけ.たもとの下にかくし置.はんしこふで待いた.介成の心中は.しんゑん
に望んで.はくへうをふむかことく也.かのとらごぜのしんてい.介成のいせいの程.ほめぬ者こそなかりけれ
(六ウ)
わたざかもり
四段目
そのゝちすけなり心におもひかへす.おとゝの五郎時むねか.たひ/\せいふんしつる物を.それし
ゆくがよひと申は.うとく成人のしゆくかよひをは.人がうらやみひん成物のしゆくがよひをは.必にくみ候馬の
のりあひ.かさとがめにても介なり打れ給ふならば.時むね一人のこりいて.おやのかたきと申.御み
のかたきといひ.何としてかは打べきぞ.りをまげてしゆくかよいを.思ひとゝまり給へと.たび/\せいぶん
しつる物を.もちいすして打こゑ.あさいなかふるこほりがてにかゝつて.打れんとはぢでう也.しせんすい
のちは.つゆちりねもおしからね共.ねんらいのすけつね.おやのかたきをは打ずして.しやうがいをうしな
い何かせん.あさいなの三郎が.ざしきをたてといふならば.たゝばやとおもはれける.かくおもひ給ひけるか.そ
がへやつうしけん.おとゝの五郎時むねは.ふるいといつし所に.やのねをみかひていたりしが.あまりねむ
さに.ごばん引よせまくらとし.ゆたかにこそふしにけれ.かゝりける所に.しやきやう介成.まくらかみに立より給ひて.
やあいかに時むね.それちやうりやうが.四十二かでうの.兵ほうのまき物を.かくしたりといへ共.
さけをすこしぬれば.何にもおとれり.千日しらるようじんも.めをつよくぬれは.一やにむに成ぞ.かほ
とのはくちうに.さやうにゆたかにふす物か.やあおきよ/\と.二三ど四五どおこさせ給ふとゆめにみて.
かつはとおきあたりをみるに人はなし.下女を近付て.十郎殿はととへば.下女承りよひよりも.大いそ
にて.是はるすと申.時むね聞て扨はうたかふ所なし.かたきくどう介つねか.一き打てとをるを.五郎だにも
(七オ)
挿絵(七ウ)
有ならば.はぢあるやをも一すぢいて.はらきらばやと思召か.かくおもかげにたつか.さらずはばんどう
かいだう.十五国の人/\の.うつてとをらせ給ふか.十郎殿はたゞ一きと.しためにかけてねむるか.かく
おもかけにたつか.其ぎにてあるならは.すはの上下も御ぢけんあれ.しやきやう介なりの.かげをは
人にふますまし物をといふまゝに.ちやうだいへつつと入.十文し打たるかろうとのふたをあけ.おうぢい
とうの入道殿より.つたはつたる.おもだかのはらまさ.四人して持けるを.わたかみつかんでひつたて.くさ
ずりながにさつくとき.刀と申にかたきくどう介つねかはこねまふでの有し時.みぐるしけなれ
共とて.ゑさせたるあかきのつかに.しろかねにてめぬき.とうがね打たるこさすがをぞさいたり
ける.太刀と申に.かはづとのおくのゝかりばの帰りあしに.おゝみの五とうだ.やはたの三郎が.一二のまぶし
をかためはなちけるやにあたつて.やみ/\と打れさせ給ひし時.是をははこわうにとらせよと.か
たみに下し給はつたる.四尺八寸ありけるが.ぬけばたまちるばかり成を.しろきたつなにて.まんな
かむずとゆふて.わつそくにぞかけたりける.御馬やへはしり入てみてあれば.折ふしかげ成こま
に.ゆあらひしてぞおきにける.くらをくひまのあらされば.はづなはらかけ引ちきつて.あらひくつ
はをはめさせ.引よせゆらりと打のり.まはれは三り.すぐにうてば五十町.まはらばじこくも
うつりなんとおもひ.そか中むらにさしかゝり.かけあをつてはつしと打.しとゝうつてはかけあをち.
こまにしらあははませ.たゝ一うちにといそひたる.ありさま.あつはれおにかみもかくやらんと.み
なかんぜぬものこそなかりけれ
(八オ)
挿絵(八ウ)
挿絵(九オ)
五だんめ
さてもそのゝち時むねは.せつなが間に.ちやうしやのしゆく所に付.もんくわいをみて
あれば.くらをきむまいくらもあり.さればこそとおもひ.おほみかどよりいらんは.大はらまきに
大太刀.さしきのていもことなしとおもひ.こみかどにまはる.爰に下女一人ゆきあふた.やあ此や
かたのうちに.なにことかある.下女承はつて.さん候よひよりも.わだの一もん九十三ぎ打よらせ給ひ
て.さかもりのさしきへ.十郎殿もとらこぜんも.いでさせ給ひて.さかつきのこうろん.たゝ今なかは
なりと申.時むねきいて.さて其さかづきをは.わだへさいたるか.十郎へさいたるか.下女承はつて.
とらごぜんのやさしくまし/\て.十郎殿にさゝせ給ひてさふらふぞ.時むねきいて.さて其さかづ
きを.おくして取てのまざるか.なふ御心やすくおぼしめせ.とつてまいりて候ぞ.時むねきい
てから/\と打わらひ.日本六十六か国に.大かうのつわ物.又二人共なかりけり.しやきやう介
なりにてましますよな.けんじん成女よにおほしといふ共.とらにましたるけんぢよよもあらじ.と
らなればこそさいたれ.十郎なればこそ.あれほどおほきかたきの中にて.をく
せで取てのふであり.のふたりや十郎.さいたりやとらごせとて.たちのつかをたゝひて.ひと
りかんしてたちにけり.さていつくからゆくぞ.こなたへ入らせ給へとて.めんろうくわいらうまごひさし
をさしすぎ.しやうじを一けんへたて.あれ成は新左衛門.ふるこほりぎへもん.ゑいた兵衛あした
兵へ.すのさきのま太郎.是成は十郎殿と一/\にをしへけり.時むね是をみて.たとひ何物
(九ウ)
也共.しやきやう介なりに.とつてかゝる物ならば.しやうしの一間物/\し.はら/\とふみやぶり.大
将とかしづきし.わだかほそくびちうに打おとし.あさいなかみけん.から竹わりといふ物に.二つ
にさつときりはり.のこるやつばら.としにもたらぬしよくわん共.物のかずにてかすならす
しやうぎだをしをするごとく.さん/\にきつてすて.しやきやう介なりとさしちがへ.しなんはあん
の内とそんずれば.ふんしかつて立たりしは.たもんぢごくそうちやう.つくりすへた.二わうにちつ
共ちがはざりけり.よしもり御らんじて.やあいかにあさいな.なんぢは日比のちせうにはにぬも
のかな.十郎を取ておつたてよ.はやたてよとぞいかられける.あさいな心におもふやう.
あふさいたるもだうり.又のふだるもたうり.其うへ弓取は.けふは人のうへあすは我身のうへ成
べし.さすかなあるゆみ取に.いかにとしてはぢをみすへきぞ.けにやらん此とのばらきやうだい
は.うをとみづとのことくにて.あにがさけをのむ時は.おとゝかのまず.おとゝがのめはあにかのまで.た
がいにようじんすると聞物.今もやおとゝの五郎が内にあるらんに.あしうかゝつてさしきを
立そんし.まつかうはられあしかりなんと存れは.人もはやたぬまひを.たつてぞまふたりける.
うすをしきのそばを取て.其比かいたうにはやりし.すゝりはりといふうたのたいを.はつたとあけ
はんしふんでぞまはれける.よしやあしとてきりすてられしくれ竹も/\も.もとに一やはあ
る物を.よしやあしとてつきすてられしには.くさももとしのぶとてある物を.よしもり此こ
とを御はらひさせ給ふへし.十郎殿もとら御ぜんも.心にかけ給ふなよ.一かう此よしひてにゆるし
(十オ)
挿絵(十ウ)
挿絵(十一オ)
給ふへき也と.はんしふんでぞまはれける.あさいなか心さし.しやう/\せゝにいたるまてわすれかた
くぞ覚へける.まいもすぎじぶんに也しとき.しやうじの内にかな物のをとかからりと
なつた.されはこそとおもひ.爰をちつと御めんあれ.人/\といふまゝに.あひのしやうしを
さつとあけ.内をきつとみてあれは.なにとはしらね共.六しやくゆたか成大のおとこの.む
ないたみれはまつしろ成が.五尺あまり成太刀を.七八寸くつろけ.かゝらばきりよげ
にみへしかは.おにのやう成あさいなも.たゞひざふるうてそたつたりける.いかにや御身は
五郎殿にてましますか.しやきやう介なりも.ざしきにましますに.など出てさかもりをは
したまはぬぞと.有しかば時むね聞て.仰畏て候へ共.御らんせられ候ごとく.ひやく
ゑでさうとて出もせす.あさいな心に思ふやう.げにやらん五郎は.じやにつな付たり共
馬ならばのらんと.くはうけんすると聞つる物.さきやうながらしつにちからの程をた
めさんと.げに御へんはいでまじきかといふまゝに.はしりかゝつて.はらまきのくさずり.二三ま
ひかいつかんで.とうのいたにひつしめ.まへゝゑいやつといふて引けれ共.ちつ共さらにはたら
かす.げに是はつよかりけるぞや.三うら一もんは九十三ぎ.れんばんは四百八十四人か中にこ
ばやしのあさいなとて.なにしあふたるそれがし.五郎を只今ざしきへ引出さぬ物ならは.しや
うかい也と思ひて.あさいなの三郎が.力の出るしるしにさうのうでとかいなに.力すぢといふ物.十
四五二卅.ふつくと出にけり.むねをおふる力けは.ごばんのおもてにあかゝねの.はりをならへた
(十一ウ)
るごとく也.とうのすぢかひたいへあがり.ひたいのすぢかどうへさがり.物によく/\たとふれは.きう
ちやうのふちか.まつをからんで.きりんがともをこうたるに.ちつ共ちかはざりけり.あふけう/\しの
有さまや.うさみくづみがわづ.三がのしようの内にして.あらむまのつての大力の五郎とよば
れ.あさいな程のこをとこに.やみ/\とひかれて.さしきへ出まじき物.げにつよく引ならば.三ま
ひのくさずりがきるゝか.ひざのふしかちがふか.ふまへたいたが大ぢへおち付か.三つに一つはでう
の物と思ひて.ふんしかつて立た.はつしんをいらゝげ.まいりそうといふて.ゑいやつと引けれ
ば.くさずりきれてのきけれと.たち所をさらずして.ふんじかつてたつた.かのときむね
が大力を.おぢぬものこそなかりけれ
六だんめ
其後あさいなの三郎は.三まいのくさずりをもつて.ちゝの御まへにまいり.是/\御らん候へ.五郎時宗
のうちいらせて候.是をさかなにて.今一つさかもりし給へと有しかは.よしもりきしよく引かへ.何五郎
殿の内にましますか.しやきやう介成も.ざしきにましますに.なと出てさかもりし給はぬぞと
ありしかば.時むね承はつて.仰畏て候へ共.ひやくへで候とておともせす.十郎殿はおとゝの
五郎時宗が.内に有とたに聞ぬれば.たゝきまん国のきわうと.らせん国のらわうを.あ
ざむく程の兵を.千ぎまんぎ持たるより.なをたのもしく思はれける.なに五郎が内に有か.お
とな侍のめしの有に.なと出て御しやくを申さぬぞ.時むね承てびやくゑでさう.御めんあ
(十二オ)
挿絵(十二ウ)
挿絵(十三オ)
るぞ只今まいれ.承るとて.大はらまきをきながら.大だちを持ながら.しどけなけにいで.
新左衛門のめてのたいさにてうとなをる.新左衛門は御らんじて.是程ひろきざしきにて.つめざかもり
はむようさうぞ.爰をちつとくつろげ給へ.さかもりせんと有しかば.時むね聞て.なんざう新左衛門
殿.まいれと仰らればこそ参たるに.さしきを立と仰あらば.只今たゝんといふまゝに.はらまきのく
さすり.二三まいひざの上にゆりかけ.なをつめかけてなをつたるは.けふさめてぞみへにける.よしも
り御らんして.いかに五郎殿.御身はようせうより.はこねにのぼり.べつとうの御ほうにて.がくもんしそ
のゝちいつに下り.ほうでうをゑほしおやにたのみ.介五郎時むねと.なのらせ給ふとは承れ
共.けんざんは是がはしめ.それ/\と有しかは.承と申て.もへぎにほいのはらまきに.太刀取そへて
ひいたりけり.時宗是をみて.只今の引で物を.とらはやと思ふかまてしばし我心.明日に成
ならば.さかよりひがしかいだう十五か国の人々の.つたへ聞し召れて.あらむさんやそか殿原兄弟は.
身のひん成にしたがつて.引出物にめがくれ.ゆうくんをわたへうばはれたなんとゝあらん時は.こう
なん也と思ひ.いかによしもり.只今の引て物を.給はりたくは候へ共.後日にみうらへまいり給はるべし.
其間はあれにまします.わかき人にあづけ申さんといふまゝに.たちのおひとりと.はらまき
のわたがみかひつかんで.しもざへからりとなぐる.よしもり御らんじて.只今のふせいは.れうけんさうか
ざけうざうか.時宗聞て.うとく成人のうへにこそ.れうけんさけうは候へ.ひん成物のざけうはしらぬ
にて候と申.よしもり聞召.よくそう候五郎殿.いとま申て長者とて.ざしきを立せ給へは.九十三ぎ
(十三ウ)
はらりとたつて.爰やかしこにてこま引よせ/\.ひらり/\と打のる.その中にもわだどのは.大将
にて候へば.ゑんのはなへ馬ひかせ.のらんとし給ふ.時むねをみて.いせんしやきやう介成に.こめた
てしたるごとくに.おどさばやとおもひ.四かく成まなこを五かくにく.わつとみひらき.いかにわた殿
此やかたと申は.わだ殿もたてられす.十郎殿も立られす.又時宗かたてたる事も候はす.ばんど
う八か国.かいだうは七か国.十五か国の人々の.つぢざかもりの其ために.立おかれたるやかた也.是か
らのり打はびろうにて候.わだどのおりさせ給ひ候へ.おりられぬ物ならば.すは八まんも御
ぢけんあれ.時宗が只今おろすべしとそおどしける.よしもり聞召.いや/\きやつばらは.み
をふつる物によせ合.爰にてことをしいだし.わかとう打せあしかりなんと思召.よう候五郎
殿としはよつつめはみへす.日はくれがたに也けれは.くらくそくみんために.ひかせてこそ候へ.それ
/\わかとう馬引けやと有しかば.承はるとてじつけざかまでひいたるは.五郎におぢたる所
也.兄弟の人/\は.はかまのそばをたかく取.弓やのれいぎ是まで候.はや/\めされ候へと
く/\召れ候へと.ひきばしまでおくりける.其後兄弟やかたにかへり.もしもみうらよりよ
打によせやせんとて.夜まはりつちがためようじんきびしかりけれど.一もんの中なれは.よす
る事もなかりけり.此人/\のしん中.きせん上下をしなへ皆.かんぜぬ人こそなかりけれ
寛文四甲辰年正月吉日
山本九兵衛板
(十四オ)


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