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一心二かびやく道

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第一
一心二かびやく道
さてもそのゝちそれれんほしうあひの思ひはかいどうりんゑの道ひ
くと也がまんほういつの心は三づめいあんの中だちと成たとへば水火
二がびやくたうのことしぜんしん一度きざす時は水火のあくたう則ちしやう
どいんだうのはしと成是皆一しやうがいのうちに有扨しやうかいの内にを
いてことさら女しやうのみに子をうむわざなんしにまされる大し也むまるゝ
時のくるしみはかりがたしはらは大山をのむがことくむねはりけんにさかるゝが
ごとし一たびたかいぬれは百年の命を時のまにすつることなげきても
あまりあり然るを忝もぢさうほさつはあはれみこやすへいさんの
大くはんのをこし給ひかりに人間とあらはれ日本たんばの国をいの坂に
こやすのぢさうとおがまれさせ給ひまつせの女人へいさんのみちをまも
り給ふゆらいをくはしく尋るに中比の事かとよたんばの国おいの坂に
さいきのくんしあきたかとて其名をゑたる長しや有りしかるに此長じや
代々ふつきの家として四方にくらを立すまんのたからにあきみちて
ゑいくわにさかへおはします所の御かたはならびたんごの国みやづのなに
がしむすめ也此御中にひめ君一人おはします都きよ水の申子に
(一オ)
て御名をさくらひめと申十五才に也給ふめうがんたぐひなくしいかくはんげんくらから
ねはおよぶもおよばざりけるもしたはぬ物こそなかりけれ扨家のしつけんにさゝ
めの大夫其外しよじうけんぞく共君をうやまひ奉る有時長者北の方への給
ふはそもひめ一人持なんしのよつぎあらざれはつね/\申せしごとくならびのこほりくわた
長者のしなんくはたの藤次をやうしとさだめ我がひめと一つになししうげんのきしきを
とゝなふべしされは此年月都清水へさんけいの心ざし有といへ共いたつらに打過ぬしう
けんのつとめなは心にまかせぬ事も有へし御れいのためひめもろ共思ひ立べきはい
かゝあらんと仰けり北の方聞召みづからもさやうに存候はやとく/\との給へは尤然へしと上
下ゆゝしく出立せはや都をさしてぞ三重上らるゝ都になれは清水にさんけいあつて
けんぜあんをんごせうぜん生ときねんし扨しゆくほうに入給へはちうし立出めづらしの御
さんけいやとさま/\もてなし奉るあきたつふうふひめ君もしばらくとうりうなさ
れける扨其後にひめ君はめのと一人御供にてしゆくぼうを立出爰かしこの花
をながめをとはのたきのをちくるを打ながめしはしたゝすみ給ひける所にぢうし
のでししきぶきゃうせいげんとてはたち斗の若僧たきのみなかみに只一人立出よも
をながめていたりしがみれは二八斗の上良めのと一人めしつれたゝすみ給ふせいけんほの
かにみるよりも是こそ此比さんけい有したんばの国の人成りへし都ひろしと申せ共かゝる上
良よもあらしと思ふ心もみたれつゝはやこいくさと也みるにいよ/\あこがれあすは何共
ならばなれ思ひのすへは石に立やたけ心といさめ共我はかゝるすかたにて人のみるめも
(一ウ)
はつかしやと思ひみたれていたりしがあゝあんし出したりもしかさねての事もやとふところよりすゝ
りたんざく取出し一しゆのうたをかき付たきのうへよりおとしけり誠に一念やつうしけんひめ君
のをはしますまのまへに風にふかれておちにけりひめ君是を御らんしやがて取上み給へ
はさもうつくしきしゆせきにて一しゆのうたにかく斗▲みし袖のなみたのたきのしらいと
のたへぬ思ひをむすびとゝめよと匂ひふかくかゝれたりかゝることゝはしり給はずいかにめのと
心ふかきことのはかなぬしはされ共しらね共是をひろひて帰らんと御ふところに入給ひ
やかてかへらせ給ひけりせいけん是をみるよりもひとへに我こひのかなふべきたよりやと思ふ心は
いさめ共猶こひしさはいやましによと我か一めいのあらんかぎりはとひとりことにかきくとき我
しゆくぼうへぞ帰りける是は扨置あきたかふうふの人々はしよがはんかない本国に立帰りつ
ね/\申合たるくわだのとうしをよびむかへさいあひ今日吉日なれはしうけんをとゝなふへしそれ
/\とやかてつかひぞ立にけるかねてよういの事なれはくわたのとうしはるみつ時のしやうぞく
引つくろいやうぶのまへに出らるゝさま/\のだいの物さん/\九との御さかづきもことおはりあきた
かゑつきかきりなく此うへは我一せきをゆづるぞと父母もろ共よろこびてやかて(ふし)内にそ入給ふ
かくいてひめ君の御へやには其しな/\のかさり物四きおり/\のふうけいの御小袖春はこうは
いの色かもふかきおり物に風になひくはと柳さくら色のからきぬや扨又なつのけしきには
うのはなかさね花あやめあきはちくさののべの色きゝやうかるかやをみなへし猶よろこひはかさ
ねきく又はたつたのからにしきもみぢばながるゝ川なみの色をつくしてそめにけるふゆはみと
りの色かへぬとをやままつのゑだことにつるのあそべる其けしき色/\の御小袖かずをそろへてか
(二オ)
挿絵(二ウ)
挿絵(三オ)
けらるゝ扨其後にくわたの藤次一間のくわいらう過行ねや近く成所に何とやらん物すさましく
身のけもよだちふしぎさよと天上をきつとみれは何かはしらずあやしきめうくわさがりしや
りんのごとくまいりたちまちばつときへ跡をみれは心といふ文字あらはれたり是清水のせ
いげんか一心のかやうしるし也此もじさもうつくしきほうしの首とへんじてひめ君のねや近き
みすのまへにさかりてかのおのこをみつけてにつことわらつてそれよりもみすの内へぞ入にける
藤次みてあらおそろしの次第かないか成身になればとて命ありてのこと成べしと其夜
にくわだのさとへにげさりしはことはり也聞へけるすでに其よもあけけれはひめ君
の御そばちかき人々さしあつまり扨もむこ君其夜に帰らせ給ふこといか成事やらんと
つゝむべき事ならねばやかて父母の御まへに參り此よしかくと申ける父母おとろき是はふしき
のしだいかなたれにても思ひあたる事はなきかといひもはてぬ所へくわたの里よりの御
つかいとて一通のふみ有りひらいてみ給へは二度来かましきとのふんしやう也扨はちからおよは
ず又いか成ものをむかへ取よのじんこうをふさぐへきはいかゝあらんと仰けり家のおとなさゝめ
の大夫承り尤もかなさいわいいつぞや御やうし相談の御時仰出され候ひしならびの里そのへ
しやうけん殿の御子は君のためにはおいこなればたれ/\と申さんより是を御やうしになされ然へしと申
上る父はゝ御ゑつき有それよびよせよと使をつかはし今や/\と待いたり去程にそのべの兵衛
をぢのゆいせきをゆつりゑんとの使を請やかておいの坂へそ參られける又母悦ひ本よりしたしき中な
れは今より後はそれかしが一子也といはひのきしきをとゝのへおくをさしてそ入給ふすてにしこくにおよひ
しかはそのへくわいらうはるかに過行はあやき物こそみへにけれ心と云もしあらはれ中にてへんして
(三ウ)
其かたちやつたる僧のすかたとあらはれしをよく/\みれは六こん六しきそなへたるすかたとなるふしき也すさまし
ましやとみれは其身はちうに立むこのかたを一めみてひめのねやへぞ入にける兵衛是をみてあらおそろし
やとにげさりしはけにことはりとぞ聞へける御めのと女房達又もやむこ君にけさりしとやかて父
母へありのまゝにぞ申ける父母おどろきしよせんそれかしか存るむね有たれにはよるへからす何者也共
むこにならんといふ物あらはそれをさだめてやうしとしわか一せきをゆづるへしときん国に高ふだを立へし
かた/\いかにと仰けりめん/\承はりふだをしたゝめ一々次第にふれにけり是は扨置爰につの国
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みきのしやうよしなりと申しけりひかげ物といひながら其心さし人にすくれふゆふのはけみをこた
らすしていたりしが高ふだのやうすを聞下人を近付やあたんはの国おいの坂に長者有いか成ゆへ
にかむこをとれ共一人もたまらすして皆にげさり今はむこにならんと来る物もなきと聞我ら
う人と也かれがゆいせきのぞみにてはなけれ共ふしんのはらさんためかの物のやうしと成事のやうをたゞ
さは末代のこうきと成へし若一命をうしなふともそれ迄のしゆくごうよと思ひさだめそれよりもたんは
の国へといそきけり国にもなれは門外に立よりあんないこうて内に入るあさたか立出いか成御用やらん
吉長承はりさん候是はあたりを近所にすまひ仕るらう人たなべみきのぜう吉長と申ものにて候
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から誠に以我やうしにとりてふそくはあらしさりながら何のやうすはぞんせね共まへ/\よりも来れる人をあし
ためずにげさりぬ其方とゝまり給はゝ我一せきをゆづるべしとの給へは吉長承はりいか様是はひめ
(四オ)
君に心をよする物有あるひはいきりやうしりやうのしうしん来つてけんするがそれにおそれて
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(四ウ)
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第二
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(五オ)
挿絵(五ウ)
挿絵(六オ)
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わすること有りいもふとにて候物すでにまつこに及び候とき何にても思ひ置事なきかと
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折ふし此間ふるさとより參りたる物のふ三人候へしをよきさいわひとめしつれたひのせうぞくあら
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人あるかさん候かくれなきうとくの長者にて候扨其あき高のひめ君此比うせさせ給ふときく
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神へのさんけいとてさき程此所ゆゝしきていにて御とをり候と念比にかたりていしゆは内へぞ入
にけるせいげん大きにはらを立てゑ口おしやな扨はいつぞやのおとこめにたばかられしは一ちじやう也
むこといふもきやつ成りへしやれかた/\我思ひしにゝせんよりもひめ君のはか所にて腹きらんと思ひ
来りてあるにあんにさういの次第也扨もしせん命をかの男と打はたさんと思ふは物のふとも承
はり仰尤も是はかんにんならぬ所也かなはぬまでもずいふんはたらき申べしはやとく/\とすゝめてし
う/\四人跡を尋ねて出にけり是は扨置みきのぜうよし長はやうふのかとくをゆずりゑてよ
ろこびのためふうふもろ共うぢ神さんけいし大まくうたせはなやかにしゆゑんのきやうをそもよほし
けるあたりの山をみわせば((ママ))おりしも春なつの色をましへてさく花はことはにのべてもいわつゝし
いわての山もよそならずひめゆりさゆり世の中の月日をめくる車ゆり何なか/\の花の色
しきをり/\の心迄ひとへにさけるとこなつのつゆよりあだし世にすみてけふのたのしみおもしろ
(七オ)
やのめやうたへやかた/\ときやうにちやうじてあそばるゝ所へせいげんしう/\尋ね来りかの大まくをはるかにみ
てはやいかけいらんとする所を良等いらつておしとゞめあゝせかれたり/\よの物千ぎより万ぎよりかのお
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ひんぬいてはたと打あやまたすかたさき切られにの太刀をみんとするをせいけんか物のふみき
のぜうがらうとう入みたれてそたゝかいける思ひよらざることなればみきのぜうが侍共あるひはう
たれてをおひそのうへよしながもせいげんか物のふにわたりあひあまたふかてをおひ給ふたゝよは/\
となり給ふか刀をつゑについて立あがりゑ扨々口をしや思ひよらさる事なれはふかくを取たる
むねんさよとさいせんかのほうしめかおほへたるかと打つくる所をしやひはずいてたゝ一の太刀をはうつた
るとおほへたるにの太刀をうたんとする時はた/\と切付た入みたれたることなれははやせんごも
みへず手さきにまはるやつはらを一りゃうにんも切りとめごとはとめたるか皆下人かとおぼへた
りまさしうくだんのはつめいにけさつたるにまがいなしあゝ扨むねん千ばん成仕合かなさすかの
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口をしややれ女房はいつくに有ぞあゝ心かみだれ六かしきははあなむ三ほう/\ととうどふし
せんごふかくに也にけるかゝる所にひめ君やめのとさはかしきことはしづまるやありし所に立よりて
あゝ是は夢かうつゝかのふ吉長さすがの侍が是程の御手にてかほどによはり給ふかや御
心を取なをされよのふよし長/\とこゑ/\にそよひ給ふかゝる所へせいけんあまた手をおいかけ来り
此よしをみてひめ君を取ておさへわか本望是也さいわいなからもろ共にめいどの御共仕りたとへ
(七ウ)
はしゆらのくけんをも御身もろ共うくべしとすでにうたんとする所をめのとたちにすかり付のふ
さけなしとよあたりに人はおはせぬかひめ君こそ只今ころさせ給ふはたすけ申さぬかやれ
人はなきかとよばはれば此聲にやきか付けんたおれふしたるよしなかかうべをきつと上てみ
れはせいげん也うたんと思ふ心にてよはりふしたるまくらもかろくずんと立せいげんが首ちうにう
ちおとし扨々うれしや思ふかたきはうつたるぞやとかうしやうにの給ヘとも又よろ/\とたをれけるひめ
君めのと立よりあゝおくれたる御心やにくしと思ふせいけんは打給ふ是程うれしきことあらんやのふ日
比とはちがひたるそやよし長どの心をはきと持給ヘとかい/\しくも力を付手を取こしをかゝへつゝし
しゆく所に帰りし有さま誠に定めぬ世の中やと皆かんせぬものこそなかりけれ
第三
ひめ君めのともろ共によしながの御供ししゆく所へ帰らせ給ひけりされ共よしながあまたのふかてを
おい給ヘは御めもくらみたへ入様におほゆれ共我と心を取なをしそれ人間の命は定めなき物也
我むなしく成ならば又いかならん人をもむかへさいきの家をつかせ給ヘ殊に御みはたゝならぬ身とう
け給はるさあらば其子をもりそだて一つはそれがしがかたみとおほし召よきにもりそたて給はゝ
草のかけにても思ひのこす事候はずと心をしつめて申さるゝひめ君聞召なさけなの仰せかな御
身におくれみつから又よの人にまみゆべきや思ひもよらす□□心を取なをし今一とへいゆならせ
給ヘやと涙と共にの給ヘは御そば近いき人/\もつれて涙はせきあへず所にいづく共なくきやくそう
一人ていしやうに来つてよしなかにつげていわくなんぢたうぢやうのなんをうけきずをかふむる然るゆ
へにへいゆの手だてをおしゆる也是よりつの国ありま山のをくにしよびやうをじするをんたうありさる
(八オ)
によつて此所をゆの山共名付たり殊更さやうのてをいは立所にへいゆするきどくふしぎのゆにて有
是は其かみやくし如来のをしへにてきやうぎぼさつのかいき被成し薬のゆいそぎこのゆに入へしとけすが
ごとくにうせ給ふあき高をはしめおの/\これはふしきの次第也其ゆの山とやらんはつね/\きく所也いか様是は
仏神の御つげ也いさ/\其ゆへ參れとてひめ君をはしめあまたの人々相そへてはや有馬山へとい
そがるゝ山にもなれば誠にふかきお山の谷そこより出ゆにて是ぞもろこしのりさんのおんせんきう
共いつつべしふしきといふもをろか也やかて此ゆに入り給ひて一七日に也給ヘは少ししるしそみへにけるひめ君
いよ/\たのもしく思召心にこめて大くはんをこそ立られけれそも/\此山の薬のゆは其かみぎやうぎ
ぼさつのかいき御本ぞんはやくし如来とう方上るりせかいのあるしかりに此しやばせかいにそんしてしゆ
じやうのびゃうくをすくひべつしては三づ八なんのあくしゆにだするをたすけ給はん御じひなれは只
今かのおつとが命をすくひ給はゝみらいやウ/\此ゆのさうぞくかいとなむへし猶々如来の御力をそへ給ヘて
天にあふぎちになげうちふかくいのらせ給ひしは有かたかりける次第也誠にやくしの御せいくはん申すも中/\
おろか也三七日と申すにはこと/\くへいゆしてもとのことくならせ給ふよしながもひめ君かゝるめでたき事あ
らし此うへは大願ぜうじゆのしるしにゆあがりばを立べし此山中に有ゆへあまねく世間の人々のきゝ
をよばぬもことはり也と石切ばんじやうかぢさいくあらゆる物共めしよせやがていとなみ立にけりあ
またのゆつぼの其内に切石を以てたゝませ其上にゆやを立むねをならべ十二間のあがりは廿五間の
きうそくじよ其外殘りなく立つゝけ扨ゆやのぶきやうあがりばのつかへ人に十二人のせうじやをつ
めさせ何にふそくの事もなしつたへきくげんそうのくわせいきうと申共是にはいかてかまさるべき此こと
よもにかくれなくきんりゑはうの物共病人はいふにをよばすみのやうじやうを心がくる物共我も/\
(八ウ)
と来りけり爰にいつくの物とはしらね共らい病人来つて是はきどくの薬のゆいか成やまふもほんふ
くすと承はりはる/\爰に来りしが誠にきくにこへおびたゝしやとゆに入りながら御奉行へそと申たきこと
の候此度御願主かゝるけつかうつくさせられ其聞へかくれなしそれに付此願主にそと願度こ
との候申つたへてたび給ふはゝかたり申さん時にゆ奉行立より何此ゆのぐはんしゆに申たき事有とは何事
にて候ぞらい病人聞てあふ有がたし御らんせられ候通りかゝるあく病をうけ此やうじやうのためゆに
入候へ共すぢほね手あしもかなはねは思ふ所へ手もゆかずあはれ此願主へはゞかりながら我かせ
中をかきさすりてもらい度候此むねをうきやうに申てたべとそ申ける奉行おどろき扨々なんぢらつ
れの者なれはれいぎをしらぬは尤もといひながらにあはぬ事を申物かな此願主はうへつかたにてこ
とに上らうの御事なれば人のあかなとをかゝせ給ふかたにてなしましてなんぢがやう成病人人のまへゝもお
そるゝ物也と大きにいかつて申けりらい病人是をきく尤もにて候さりながら此ゆやこんりうの大願はぼ
さつ六はらみつの行になそらへ何事にても此ゆに来る物の望をやぶらせ給ふましとの大願と承る
さあらば千万人の望をかなへ給ふ共此病人一人が心をやぶり給はゝまん/\のぜんごんもいたつら成へし只
/\此事をくはんしゆへ申入給へとさらぬていにて申けり奉行聞て扨々きやつめは誠ににんひにんのことく
にて少のどうりは申物かな此事ひめ君に申迄はなけれ共御なぐさみのため又はわらい草のたねにも
と御前に參り扨々おかしき事の候とて次第に申けりひめ君つく/\聞召いや/\是はたうりを申物に
て有まん/\のせんごんも一人の心をやぶる物ならは皆いたつらに成ベしかれが望にまかせみづからあかをかい
てゑさすべしさりながらつまを持他人のあかをかくといふ事人の口もいかゝなれ共是はよのぎにかはり
じひせんこんのわざといひ出/\みづからあかをかいてゑさすべしとやかてゆやに入給ふ扨ひめ君かの病人
(九オ)
挿絵(九ウ)
挿絵(十オ)
にむかつて扨其方は願主にあかをのぞむと聞きみづからゆやの願主ぞかしあかをかいて參らせんそれ/\と
の給ヘは病人承はり是はおそれおゝく候へ共御ぜんごんの爲なれは御ゆるし候へとやかてうしろをさしむく
る姫君いぶせき心もなく望のまゝにかきすまし扨いたむ所はなきか病人承はり扨々有がたふ
候もはや望もなしと一れい申ていたりけり扨こそまつ代まて有まゆの山のゆなと申て女のはから
いつとむる事此時よりのためし也其時ひめ君仰せけるは必々いつかたにてもたんばの国さくらひめにあかを
かいてゑたりなどゝかまへて人にさたをいたすべからず病人畏り何しにさたをいたすべき又それかし
も其方へ申度事の候薬師如来のせなかをかきしなとゝかまへてさたをしたまふなといふか
と思ヘは其まゝるりくはう如来とあらはれしうんにのつて立給ふひめ君大きにおとろき扨々
是はいか成事やらんかゝるきどくをおかむことよとはつろていきうし給ひくぎやうらいはいしたりけり
如来くもの上よりことばをかはし我なんぢが心を引みんためあさましきすかたにへんしてなんぢにまみへ
つるに誠のぜんこん今こそしられて有ぞとよ去るながら汝かつみばくたい也其ゆへはいかんといふにかのき
よ水の法師なんぢがおつとにころされ六道りんゑひまもなく終には又ちくせう道にをちてくを
うくるは我あくこうよりなす所とはいひながら此つみ汝にむくひて三づだこくせんことを我いやしくもふ
びんと思ひ念比にしらするぞと是をわすれずはやく此代をいとひ仏くわぼだいをもとめなばもろ/\
のつみとがはさうろのことくきへうせ仏のゑにちの光りを請終にはぶつくわに至るへし此ことうたがふこと
かれ我此山のやくし如来是まであらはれ来ぞとこんじきのひかりをはなつてこくうにあがらせ給ひ
けりひめ君夢共わきまへずかの御跡をふしおかみかんるいきもにめいしける扨も/\かゝるきどくをまのあ
へにをがみつゝ今かのおしヘをうけながら其心のなからんは只木ちくにはおとるべし是よりすぐにいつかたへも立こへすみ
(十ウ)
の衣に身をやつしなだいの道をもとめんと思ひきれとも去なからふるさとの父母又はつまの吉長になこりをしさ
はかぎりなしされ共かゝる大しを思ひ立みのうきよのなごりにかゝはるべきかと思ひ定めてそれよりも文こ
ま/\とかゝれたり其ぶんにみづからふしぎに仏のつげをうけ此世をいとはん心ざし露をこたらすなこりの心
をふりすてかく罷出さふらふ只御なこり申てもあまり有ふるき哥にも▲出ていなは心かろしと
いひやせんよの有さまを人のしらねはと申つたへしことのはみづからがみのうへ也をや子は一せのちきりな
れはいく程もそひ參らせずふかうと思召さるべし此代のふかうは後の代のかう/\共也參らせん是は
父母の御かたへと涙なからかきとゝめ扨又つまのよし長へはふうふは二世の契りといへば此世のゑんこ
そうすく共来世は必一つはちすのうてなに至りながくみゝへ參らせんふることのはにいそけとよ涙を
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とかきとゞめ我か文ながら打詠只さめ/\とぞなげかるゝいや/\ちこくうつり人にみゝへられては
あしかりなんと心つよくも思切たけとひとしきくろかみを情なくも切すて二通の文にまきそへて
一ま所にすて置泪と共にしのび出よはにまきれて出給ふは哀成ける次第也すてに其よ
もあけければよし長一ま所に立出爰をみれはくろかみに文をそへて有はつと思ひひらいて
是をみるより大きにおとろきと方にくれておはしますいや/\是は其まゝは置がたし殊にかれはく
わいたいの身也それかしほつ付申さんと下人のおのこ近付汝はたんばに帰り父母にしらせ奉れそれ
かしは跡をおひ尋ねに出候と念比に申べしと取物も取あへず跡をしたいていでにけり是は扨置
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(十一オ)
そこ共しらぬ山道をたとり/\とたとり行心の内こそあはれなれ今行道はよをこめてあまくもふかくかさ
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ことばを懸いかにひめ我がおしへつることばのすへたかへぬ心しんひやう也汝か大くはん成就させみだとうたい
(十一ウ)
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筋のはしつらなりて是/\渡れとの給ふ聲有りかたかりけるしたい也姫君夢ともわきまへす如来のおし
へにまかせおもはずはしを打渡を物によく/\たとふればもろこしけんそうくわうていのせういうせんにつれられ
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第四
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(十二オ)
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(十二ウ)
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(十三オ)
挿絵(十三ウ)
挿絵(十四オ)
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(十四ウ)
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いの上良に御宿を申てさんはたいらかに召れつるか俄に取つめむなしくならせ給ふ其御名をは父はたんば
のさいきのくんし上良の御ていしゆはみきのぜう吉長といひもはてぬにそれは誠か中々やそれこそ尋る我かつ
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つ比かし給ふあるし承り御宿を參らせしはけさたつの一天に是へ御入被成候其時尋ね候へはゆふへは是より五町
斗あなたのくれはの宮に御とまり候と語らせ給ふよし長いよ/\あこかれゑゝそれかしもあのうしろどうにとまりつ
るが一つ所に有ながら神ならぬ身のあさましきは爰にもしらさりけるか又立出るあかつきにからすのしきり
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みへしがあゝまてしはし只今爰にてしかいせは妻のしがい又はみとり子それがしを人のくろうと成ぬべき先
此所を取したゝめみとり子をもつれ帰りあき高へ渡し其後いかにも成べきと思ひさだめいかにあるしふ
(十五オ)
うふ先此度は国に帰り重て立こへ今此をんをほうずべしいとま申てさらばとて姫がしがいを取持せ其身は
若をいだきつゝおもてをさして出給ふあるしふうふも立出はるかにみをくり奉り泪と共にいほりの内へ入にけり
吉長若をいだきながらひとり事にかへす/\もくはほうつたなきみどり子かな我もいく程そふべきか汝にそふ
も此道斗の間也せいじんの其後父母よといふならはか程かなしかるべき思ヘは/\うらめしやと泪ながらにかきく
とき国本さしてぞ帰りけるとにもかかくにもかのよしながのありさましゝたるつまのわかれといひいきたる子共のう
きめといひひとかたならぬ思ひやと皆かんせぬものこそなかりけれ
第五
みきのぜうよし長は妻のしかいを取持せ并にみどり子をいたきつゝたんばの国に立帰り下人を近付汝は大か
た殿に參り此よしを申し上げるよ畏て御まヘを罷立大かた殿へぞ參りける其跡にてよし長みとり子を母の
しかいのそばに置扨も/\くわほうつたなきみとり子やいく程そはぬ物ゆへにおやこと也子と生れかゝるうきめを
みるやらん生れおちたる其時に水のあは共成ならば今の思ひは有ましきに只先のよのむくひの程思ひやられ
てかなしやと泪にむせはせ給ひける出つる泪の隙よりもいや/\只今もやあき高ふうふの来り給はゝかくこの道もと
ぐべからすとても帰らぬ事なれはとくさいごをいそぐべしとすゝりりやうしを取出しじせいのじゆをぞかいたりける
其ことばにいはく廿五年てつせきしん一じにしやうさんすつゆ又かけをくに一しゆのやはらけ有▲はかなしやあだし
桜の花に置つゆもろ共にきへてゆくみは年がう月日さいきよし長とあざやかにかきとゝめこしの刀をひんぬい
てすでにじがいとみへし所へあき高ふうふか懸来てゆんでめてに取付こはそもいか成事やらんしはらく/\かなしさ
のあまり尤もなれ共去ながら思ひは何も同し事され共かなはぬよの中のらうせうふせうのならひなれは
力及ぬ次第也此ことはりを聞入す御身じかいとげ給はゝ我/\かみの上ひとりならす二人迄さかりの物をさき
(十五ウ)
立おいの松のつれなくも残りて有へきか所せんじがいをとゝまりわすれかたみのみとり子を取そたてなき跡
をもとふらいなばさいごの共にはまさるへしとさま/\いさめ給ひけりよし長承つてけに/\仰しこくせりいか程のこ
と也共思ひかへしと存れ共仰をそむくはふかうの至りと存れは力及ず仰にまかせみとり子をそたて又は
なき跡をもとむらいて參らせんと泪と共に申けり秋高ふうふ誠に思ひとゝまり給ふことなげきの中の悦
やと泪なからかきくとき扨父母姫がしがいに取付扨も/\よの中のさだめなきとはいひながら我/\を跡に
置何とかなれと思ひいづくへとてか行ぬらんとむなしきしがいをおしうごかしなくより外の事ぞなしされ共かなは
ぬ事なれはのへに送らせさま/\の御とむらい誠にせんこんはかきりなし殊にさんの道にてむなしく也しとむらいにはなが
くはんしやうにしくはなしと此させんを取おこなひ四十九人の僧をせうしさま/\仏事のていげに有かたくぞみへ
にける去程に此なかれくはんしやうの次第と一つは四十九本のそとばをたて水のなかれにしたかいて所/\に
たんをかさりぐもつをそなへ十かいゑしやうもまのまへにあらわるゝとおびたゝしくかのぢごくのかう火も八くどく
ちの水にしめされならくむげのみやうふうも九品三せうのすゝしきたよりと也けるかとけにたのもしくぞみヘにける誠
にぢごくとをからずかんぜんのきやうかいあつき外になし一心のきやうかい也此願しやうのくどくにこたへめいどの
せんあくまのまへにうかふ斗にみヘにけりあらいたはしや姫君は中うのたびにおもむきいつくをそこ共しらくものこか
れてまよひ給ひけり誠にめいとの有さまとうくはつしゆこうあひぢごくけんじゆぢごくと申は手につるき
のきをよつれははくせつたん/\と也とかや扨こそつるぎの山とは申とかや有時はせうねつ大せうねつのほの
ほにむせび又はくれん大くれんのこほりにとちられてつぢやうかうへをくたきくはさうあなうらをやくとかやう
へてはてつくはんをしよくしかつしてはとうしうをのむといふかきのくるしひまのまへにけにあさましき有様也又かたはら
には是ぞしやはにて聞及しちくしやうたうととおほしくてかたちはいるいのけだ物にてあるひはおもては又は手
(十六オ)
挿絵(十六ウ)
挿絵(十七オ)
足其さま人のことく成が数かぎりなき其中に五たいは四そくのけだ物にそかしらはわかきほうし成かしやくを
うくる隙とみへてもくねんとしていたりしが姫君をみるよりもたちまちいかれるめんしよくにて高しやう成こはねを
出扨々それ成はしやばにてみゝへしたんばの国の姫ならずや御身ゆへにそれがしがかくあさましきちくしやうだうにたぐし
てちうやのくるしひ隙もなし此をんねんをいつかははらさんと思ひしにたちまちむくい来つて御身もはやかゝる所
に来る事我がいきとをり爰に有思ひしらせ申さんといふよりはやくじやしんと也ひたいにいかれるつのをし
やうしくはゑんにひとしきしたを出し兩かんひかりはや姫君にとんでかゝる其いきおひおそろしかりける次第也姫君
夢共わきまへずぢごくのかしやくのくるしみとは今此事をやいふべきかなはぬ迄も此なんをのかれんと思召足に
まかせてにげ給ふがすゝんでさきをみ渡せはすい火二がのびやくだうまのまへにあらはれたりゆんでをみれは水
のかわはくらういさごをかきあげたりめてをみれば火の川にてめうくはさかんにもへあがるゆんでめての川の間にほ
そき道すぢ一つ有是を渡りてむかいのきしへと心さしのぞんてみれはゆんでめてのすいくはの川よりあらゆるあ
くぎよどくしやひりやうせうじやかうべをならべて我くらはんとあらそひたりいたはしや姫君渡らんとするに
たよりなく立帰らんとすれば跡にはほうしが一年のしやしんのなんぜんごしんたいきはまりせんかたなくこそみへにけれ
かゝる所にむかいをみれは大じ大ひのくわんぜんをんしうんにのつてあらはれでかうしやうにいはくいかに姫只一心にみたの名
号をとなへて其ほそ道を渡へしそれ水火二がの百たうは一心のまよいにて水共火共みゆるぞ悪ごうほんなうふか
きゆへ悪ぎよどくじやもめにみゆるぞそれをおそれいとふべからず西方ごくらくせかい十万をくとの遠き道
もこしふほんの所にて水火の悪たうたちまちにこんるりへいさの道と也爰をさること遠からぬぞはやとくみ
やう号をとなへよと様々をしへ給ひけり姫君聞もあへす有難やとがつしやうしなむ西方のあるしみづからしやば
@@なせるさせんはうすく共此一念のくどくにて極楽世界へむかへとらせ給へなむあみた仏ととなへ給へはふしきや
(十七ウ)
姫君のとなふる名号の其いきれん/\とつゝきたるけしきかくれなく只白うんのことくにてたちまち六しの名号とあら
はれ有難かりける次第也扨ほうしか一念のしやしんいよ/\いかれる色をあらはししやはのむくひをしらせんとしんいのつ
のをふり立あゆみよる其いきをいかのあしゆらせつかけんそくにりうきんなら王が八くとくちの水をほさんとせつな
にかけつて来りしも是にはいかでまさるべきすでに姫君にとんでかゝらんとする所に忝も名号の其□今にはしめぬ
御事にてみたのりけんとあらはれこくうむけにぬけ出かのじやしんがそは近くひらめきよるとみへしがたちま
ち首をはねをとせばからだは其まゝもとのぢごくにおち入しんゐの火ゑんとへんしみらいやう/\くをうくるは
ことはりとぞ聞へける扨姫君御めをひらきみ給へは今迄みへし二が白たうたちまちへんしてこんるりのいさごの道
と也にけりあら有難の御事かないよ/\極楽へむかへとらせ給ふへしなむあみた仏との給へはふしきやこくうに花
@@しうんたな引姫君をすくひ取こくうにあがるとみへしが程なくまの前に極楽せかいのていさうのあらはれ
けるこそ有難けれ扨姫君しうんにぜうし其内より我そのかみさんの道にて身をうしなふ末代の女人も此道
にてあやまちあらんふびんさにこのせい願をおこして平さんの道をまもるべし必此後しやばにかたちをけんしてこ
やすのぢざうとあらはるべし是といふも其本はみだ名号のくどくゆへかゝる所也かまへてうたがふへからすとの給
ふことばの下よりもたちまち大びやくれんげとへんして程なくれんげすほみけりさればしやくにもしかい一人念仏めう
こんしさい方一れんぜうとは今此ことをや申べき程なくれんげひらくれは其中には七ほうしやうごんのくうでんの
内にてちざうぼさつとあらはれみめうほつしんの御かたちまのまへにみへ給ふは有難かりける次第也其外ぼさつひか
りをはなつて立給ふ扨こそ此御かたちをうつしてたんばの国をいの坂のこやすちざうとあかめて今の代まて
も傳はりれいげんしゆせうのほさつ也せうこも今も末代もためしすくなき次第やとみなかんせぬものこそなかり
けれ
寛文十三癸丑三月下旬
山本九兵衛板
(十八オ)


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