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かいぢん八嶋

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校正

翻刻にあたり、横山重編『古浄瑠璃正本集加賀掾編第二』(大学堂書店、平成二年)所収の東洋文庫蔵本本文と比較対照した。
(三ウ・17行目)【底】わさはひ@—【加】わざはひを
(四ウ・4行目)【底】@つ@と—【加】につこと
(五オ・14行目)【底】いじや@@@—【加】以上十二
(五ウ・4行目)【底】山@@—【加】山とり
(五ウ・16行目)【底】日の出@さき—【加】日の出かさき
(五ウ・16-17行目)【底】うた@@—【加】うたゝね
(六ウ・1行目)【底】いつの@にか—【加】いつのまにか
(六ウ・1行目)【底】あき@と—【加】あきもと
(八ウ・8行目)【底】@にや—【加】げにや
(十一ウ・9行目)【底】今@—【加】いまさら
(十一ウ・15行目)【底】ま@@—【加】ません
(十一ウ・17行目)【底】@—【加】申
(十二オ・1行目)【底】@ん—【加】なん
(十一ウ・2行目)【底】あ@—【加】あと
(十二ウ・17行目)【底】@なづく—【加】うなづく
(十三オ・1行目)【底】@とへ—【加】たとへ
(十三ウ・17行目)【底】@ゐ—【加】うゐ
(十三ウ・17行目)【底】@けい—【加】ぎけい
(十四オ・1行目)【底】@@共—【加】されども

翻刻

第一
かいぢん八嶋
加賀掾正本
扨も其後.〈序〉けげんも思ひより出けどうもはかりことよりおこる.これみな
じんしんのなせるところ.こゝに人王七十七代ごしらかはのゐんとあがめ奉り
ゆゝしきせいしゆおはします.さればほうげんのはるのゆき.かぜにをとなき
なみきのにはうこんのさくらさこんのたちばな.ほかはやなぎにめでさせ給ひこと
さらけさのしろたへに.ふらうもんのあさひかげをそきをねがはせ給ひけり.しかる
ところにみかはといへる十一才のめのわらは.なんめんのみすさら/\とおろしきたの
やかげを見せ奉る.はやきへがてのしらゆきを.しばしと思ふ心ざしふかくかんじさせ
給ひ.そのかみご一でうの御とき.かゝるあけぼのをみさせ給ひ.かうろほうのゆきも
これにはとの給はせけるに.せいせうなごんやがて御前のみすまきあげけるを.いみじく
ほめさせ給へり.此心はらくてんがしに.いあいじのかねはまくらをそばだてゝきく.かうろほう
のゆきはすだれをかゝげて見るとあるを.そくざに思ひあはせり今をさなきものが心
ざし.是にたぐへてやさしやとゑいかんはなはだあさからねば.しよきやう一どにかふり
をさげはつと.かんじてしづまれり.其比源九郎よしつねは.へいけの一そくついばつ
し三じゆのじんぼうことゆへなく.みやこにうつし奉りやがて「さんだいましませば.
なゝめならざるゑいりよにてかさねてくはんろく給はるべし.いよ/\きやうとをしゆごし
(一オ)
挿絵(一ウ)
挿絵(二オ)
ぎやくとあらばしつめよと.御いとま給はりて御前をたいしゆつ申さるゝ.よしつねの御ゐせいたとへていふへき
やうもなし.はやほりかはの御しよにもなればむさしばうをはしめをの/\御前にめされ.いまだへいけのゆ
かり.らくちうらくぐはいにしのびゐん.ことついでにねをたつべしさりながら.みやこのさはぎいかゞなればなに
とぞひそかにさがす手だてもやとあればべんけい承り.しからばくつきやうのことを思ひつけて候.いつれも
くはんじんものもらひにすがたをやつし.いゑ/\に入てけんぶん仕り候はんといへは.をの/\よこ手をちやうどうち.
是にこしたることあらじ.さあらばいせの三郎しやにんこそよからめ.するが二郎はふじぜんぢやうひたちばうは
こもぞうかたをかはかしまのことふれべんけいは山ぶしと.それ/\にかたづけどもこゝにかねふさ一人なにゝ見立
るやくもなしべんけいつく/゛\と見てなふ.御身にはあはしきことあり.なるほど見ぐるしきすがたしてあみ
がさふかくかふり.これはつくしがたのせんどうなるがはりまなだにてふねをわりしものとてくはんじんせられよと
いへば扨見たてたり/\とをの/\とつと打わらひ.思ひ/\に出立て手わけをしてこそ出にけれ.扨よしつね
はわしのおとたゞ二人.らうにんらしくさまをかへかさふか/゛\と君がため.かぐらをかのあたりにてまつはなさかすはる
さめに.こずゑのかわづなきつれて.とぶてふやどりもとめけり.しばししのがんのきとをく.たゝずむのぢのあとより
も御しよがたの女のひだりにふみばこみぎにかさ.さすがのぎけいぬれながらちかよらせ給ひけれは.なふたれぞい
の.しやはに見しらぬ人じやがとあいさう.なげによげにけり.いやなふなさけのあまやとり.是がなさけのあ
まやどりとことばをかさねの給へ共人のおためのかさならずとつれなくもをし出され.せんかたなきたもとの
あめかゝる所へ.さもうるはしき上らうにさしかけがさの下道を.しづかにゆたかに見へければ.又これにうつりぎ
のあとをしたひて袖がさの打しほれたる御有さま.かの姫見かへり御らんじて.召つれられし女に此かさたゝ
(二ウ)
めと有ければ.なふきやうこつや是程ふるあめにといへば姫聞給ひ.よそのつらさを見て心なくゆくことは.あはれしらずと
いふもの也.もはややどもほどちかしそれあなたへとのおせはにぞ.ちからをよばずめのとはかさをぎけいにまいらせ
けり.扨々かたじけなしさりながらいかに御心ざしなればとてあなたをぬらし参らせてはと.姫君にさしかけ給へば
いやくるしからぬにひらにさしてかへらせ給へ.いやおやどまでをくり参らせそれよりさしてかへらんと.たがひにじぎの
なかだちのかさ物いはゞ今ぞかし.後にはをのづと身にそひて.もすそにかゝる玉だれもたがひの思ひかずとりて.はこ
ばせ給ふ御有さまべんけいはるかのあとより見てやらふしぎや.あれはたしか我君成か.ムヽ又れいのぢびやうのぬれ
とやらんか.たゞしあの女へいけがたのものと聞つけしさいをとひ給ふか.いかさまふしんと思ひつゝ御あとしたひて
参りけり去程に.かの姫の御母うへ.一ぜうじのさとにおはせしが御いもうと姫もろ共に.なにとてあねはをそきぞ
やとまちわびさせ給ふ所へあね君かへらせ給ひなふ御両人ながらまづうちへ御入ありあめをはらしておかへりとあ
ればさあらば仰にまかせんと.打つれていらせ給へば母うへふしんはれ給はず.してあなたがたはたれさまぞととひ
給姫君聞召.いやたれさまかはぞんぜね共.女斗ののみちおぼつかなしとてをくりて給はり候也.なふそれはやさしき御心
入や.よもぎふのやどながら.しばしそらのはるゝまではとたじなきていに見へ給へば.ぎけいうれしく思召立入て見給ふに.
あねにまさりのいもうと姫はつとをどろき又是にうつりきの.こは何人のゆかりぞとしばらく見とれおはせしがひつ
ぢやう是はへいけがたの人と思召.そつじながら見申にかゝる所におはさん人々共ぞんぜずいか成ゆへにかととはせ給へば
母うへ聞召.されば此所はこが大臣殿のおしたやかたでさぶらふが.其一人ましまさねば.かくかはるかなよの中に.かなしき
ものはみつからと涙をうかへの給へば.ムヽ扨はへいけかたの人々よな御いたはしやさりながら.うつりかはるよの中なれば何とぞ
げんじへゑんをもとめ姫君たちを御かたづけなされてはとあれば.いやなふ父うへいまだげんじにとらはれましませば.いか成
(三オ)
うきめにかあひ給はん.其しぎしだいにわれ/\はともかくもとぞんずるゆへ.うきよののぞみなきうちにも.もしやは神の
ちかひにてつゝがなきこともやと.それゆへあねはぎをんのやしろへ.につさんいたさせ申なり.ぎけい聞もあへ給はず
エゝぎをん殿の御りしやうはや見へてこそ候へ其ゆへはわれ/\はほりかは殿へべつして出入もの成が.うぢすじやうよき
人ならば.たとひへいけがたの人成共かたちしだいに北の御かたとさだめ.てうてき成共其つみ申なだめられんとの
御こと也.あね姫をさしをきいな申ぶんなれ共.いもと姫こそひつぢやう御きにいらせ給はめ.何となかだちいたさんや母聞召.
こはそも神のをしへかや.さもあらば父うへの御命につゝがあらじ.さりながらあねはわらはとまゝしきなかなれば.世の取さた
もいかゞことにじゆんぎと申.あねを申入て給はれぎけい聞召.いやはうぐはん殿の御のぞみのとし比いもうと姫にて候
へはせひに是をとの給へ共.母うへせういんましまさねば.何とせんかたなをざりに思ひのたねとぞ成給ふべんけいはせんこくより
かきのそとに聞ゐしが.扨も/\あくしやう人かな.さりながら.よつくしうしんなればこそともんぐはいにつつたつてくまの
山としごもりの山ぶし.にんさう八けあひしやうきたう何にても御ようはなきかとよばゝつたり.はうぐはんちやくとすいしこれ/\お
山ぶし.頼たき事ありおはいりあれとよびいれ.なふ.廿八のおとこと十八と十六との女二人の内.いづれかあひしやうよからん
かんがへてたへべんけい聞もあへず.それはかんかふるまでもなし廿八のおとこに十八の女.すいこくくはとて大きにわるし.十六の
女こそきんしやうすいとて大吉也.此ゑんとくみ給へばふつじんのなふじゆにかなひ.何ごとも心のまゝならんといへば母うへ聞召い
かにじゆんのたがへばとてあくゑんはむすばれまじ.此うへはいもうとを申入てたべとある.あね君せいたるふぜいにてじやうず
の八けさへあふもふしぎ.あはぬもふしぎ何あの山ぶしつれがいふこと誠にばし給ふな.しやほに水はさかさまにながれずと
いふに一しょやうおとこをもたねばとて.あねをさしをくゑんやあると大きにぶけうしおはしけりぎけい聞召御ことはりさり
ながら.あくゑんをむすぶはわさはひ@まねくににたり.誠さほどに思召さば.いざ某と御身ふうふのけいやくいたすまいか.
(三ウ)
挿絵(四オ)
姫君かほ打ふつてせゝ笑ひぎけいさへふそくに思へどおやたちのためと思へばこそいかにおちぶれたればとて.御身づれのゑん
ぐみはちとすいさんならめとせきめん.してこそおはしけれ.扨もうつりぎな女らうや.けふみちつれのお心入なさ
けの程をむになして.ぎけいへならばとの給ふはちとさもしくぞんずる也.よしそれはともかくも.しづしやうそれがしと
のゑんぐみはいやの.アヽ聞たうもな.みゝのけがるゝにかさねていふてももらひませじとある.ぎけい@つ@と
わらひヲヽかさねて申さじ扨は思ふまゝの仕合也.御身にきらはるゝそれがしこそみなもとのはうぐはんよ.此うへは
いよ/\いもうと姫を給はれや.一めいにかへても大臣殿の御とがは申なだめ申さんに御心やすかるべし.さいはひけふは
きつしやう日ゑんぐみのことはじめそれ/\とありければ.いたはしやあね君めんぼくなさふにをしうつふき.しほ
/\としてましませばいもうと君せうしがり.いや是なふあね君さま.それとしらずはてんしのことをもいふまじき
ものにてはなし.まてばかんろのひよりありとや.みつからかやうになるうへは御身さまもいかならんやごとなき御かた
へおつつけゆかせ給ふべしかならずくやみ給ふなと.さま/゛\いさめ給ひぬる心のうちこそやさしけれ.其うちに
べんけいほりかはへやつうじけん.かめゐかたをかいせするがさとうたゞのぶひたちばう.しゆ/゛\のざつしやうし
たゝめみちをつどはせ参りつゝ.是はめでたき御ことゝよもすがらのおさかまりのめや.うたへやもつともと
さいつ.さゝれつ入みたれ君はちよませ./\とくりことを.祝ひうたひつれほりかは殿にかへらるゝ是ぞぎけいのぶうん
のつき.いゑのみだるゝはじめならんとくやまぬ.人こそなかりけれ
第二
扨其後.かまくらにおはします.ひやうゑのすけよりともきやうしよ大みやうをおまへにめされ.扨もぎけいさい
こくのかいぢんいご.みやこにてゑいぐはをきはめいろにふけりしゆにちやうじぶけのせいたうほかにな
(四ウ)
すでう是らんせいのもとひ.さるによつてとさばうをのほす所にりふじんにほろぼすこと.いよ/\きやく
しんうたがひなしことつのらぬ其さきに.たせいをさしむけちうばつせんいかに./\と仰けりいつれもだいじの
ひやうぎなればをししづまる其中に.かぢはらはゞかりなく申やう.ほゞごんじやう仕るごとくこんどのいくさ
なかばにも.せんちうにてこれもりの御そくぢよとないつう有.それのみならずもつたいなくも女いんへの御た
はふれ.かれこれ御ほんいに候はずといこんをふくみざんしければ.よりともなを/\御りつふくにてほうてう四
郎に仰付.三千よきをさしそへられきうにうつたちほろほせとおくをさして入給へば.ときまさおうけ
を申されてすでにしたくと「聞えけり.此ことかくれあらざればむねんながらもよしつねは.つみなき御身
をかくれがのよしのゝおくもあらはにて.又みやこに立かへりひそかにしのひおはせしがべんけいをはじめいづれも
しんていをさだめ.いざかまくらぜいをこゝに引うけいさぎよくうちじにし.なを後のよにのこさんといへば
はうぐはん聞召.かた/゛\がぞんねんしごくせりさりながら.くもりなき身をいたづらにはつべきこともくちおしく
一まづおうしうに下りひでひらをたのみ.じせつをうかゞひみんとあればべんけい承りはてとかくは君の御は
からひ.たれかはもるゝもの候べきとはいひながら我君のすまんのてきにも御うしろをつゐに.みせさせ給は
ぬに.しんきやうの御れいぎをおもんじての御一ごんかへす/゛\もしゆせうやとをの/\袖をぞしぼりける.
さあらばへんじもはやくとすゑ/\のもの共にはみな御いとまを給はり.しゆじういじや@@@
人やまぶしすがたとあひさだめ.扨北の御かたへ此よしかくとかたらせ給ひ.とてもちやうりよおよび
がたし.みやこにとゞまりおはしませ.おつつけむかひこすべきと涙と共にの給へば.こはなさけなき
仰やな何とて残りあられふぞ.御ともかなはぬものならばうきよにながらへ何かせん.命のおいとま
(五オ)
給はれとこゑもおしまずなき給ふ.べんけい御いたはしく思ひげに御だうりしごくせり.御心やすく思召御とも
せさせ参らせん.それがし次第になされよとちごのすがたにつくりなし.たびの出立のひのきがさまだよをこめて
いまでがはあけがたいそがせ「もろともにあはれと思へ山ざくら.花に心をそみかくだの.すがたにかふる人々の.
御有様こそいたはしけれ.すみて久しきみやこをば立やるすみにこかくれて.あとに見なすや.をとは山@@の
なくねもはら/\/\とおつる涙はしばしがほども.なう山しなのさとをすぎ.いまはかたしや又いつかよにあふさか
のせきのとを.たゝきてあくるそらみればなれもわりなきかたにこそ.花をみすつるかりがねも.おなじこしぢのたび
なれど.心ことなるうき身とてみしや.みしらぬ.人にさへ.しのぶをかさのふか/\と.ふかき思ひのたねをしもいか成
よにかまきをきて.はからぬたびのみちいそぐゆんでにみゐのふるでらや此.かねのつく/\.ものをくはんずるに.一ゑい
一らく春秋と.うつりかはれるさだめなさ.げにもによむげん.はうやうとのりのをしへは聞ながらなどいとはぬやかり
のよを.いやはかなくもさとりゑぬ.るてんしやうじのうみにのみしづみつ.ういつ.ういつしづみつゆくふねは.さしもぞよする
さゞなみや.しがのはままつとしふりてたがよにひける.ねのびぞや是から.さきのこととはんとびかふちとり五つ六つ.
なゝのやしろをふしおがみ見わたせば花ももみぢもなかりけり.うらのとまやのあけぼのはゆふべを秋と.たれか
は思ふ山はきに.いはほあやしきふうけいは.今の物うき身にだにもすこしなぐさむたよりかや.まん/\たるこしやうのくも.
すぎこしあとを見かへれば.こきやうはるかにしてきはもなく.じつぼかつこせいともろこし人のふることまでも思ひ
出つゝくちずさみ.いそべにひろふ.玉むらの.さとにたちぬるうすげふり.つゝみやきなるかたゝふな.ふみのつて
さへながはまのゆくすゑもれしらひげの.かみのやしろややわらげるひかりのどけき日の出@さきうた@@
ざめのとこのうみ.せんかたもなきなげきには.くらべてたぐひあらち山はるさめのふりそめしより一しほにみどり
(五ウ)
挿絵(六オ)
にみゆるきのめ山アヽあれ/\/\あれし.のきばのいたどり川くるしき.せのみこへつれば.いつの@にかはあき@との
やどのあさかぜふくゐとやせばきたもとにせきかねて.あまる涙やもりたのしゆくさなきたにうきをか
さぬるたび衣.さてみることも思ひきや.めなれぬむら/\さと/゛\を.おほつかなくもたどりぬる.心はなをも
ほそろぎや.大しやうじそと聞からに.をの/\ほつせを奉り.こんよを頼むはちすのうら.うきふししけき竹のはしわた
るもつらき身のあだ成はいしの火うちか.しやうふりてむかしうへのゝくさもきもしげみて道に.ふみまよふ.こゝぞみ
国の.みなと成出ふね.入ふねかず/\のしなかはりたるうきわざにをとづれとてはさよあらし.思ひもしのにしのはらや
日かずをふれば程もなく.なにのみ聞しかゞの国.あたかの.うらにぞ.つき給ふ然る所にわうらいの者共行ちかひ.扨もあ
たかにはしんせきすはり.何かはしらず山ぶしたちをかたくあらためらるゝよしといひすてゝとをりけり.いつれも
はつとをとろき一ごのふちん爰也き.しよせん打やぶて通らんといふべんげい聞て.いや/\爰は大事の所.尤打
やぶつて通らんはやすけれ共又行さきのなんぎずいふんちんして通るべし.若其上にゐぎあらば.思ひまふ
けしことゝいはは.君聞召.げに/\ごぶんがいふ通り.然らばちんじやうの相談こそあらめ.先々こなたへ/\とかた山か
げのもりのうちへ各召つれ入給ふ.是は扨置.あたかのせきをばとがしの左衛門承り.にはかにほりほりへい
をかけひやうぐひつしと立ならべ.そなへきびしき其気色とりもかよはぬようがい也.去程にはうぐはんは.べんけいを
せんだちにてさも大やうに来らるゝ.ばんのもの共こゑ/゛\になふ/\きやくそうたち.是はかまくら殿よりの仰
にて山ぶしたちをあらたむるせき也.一人もとをさじとひしめくべんけいふしんかましきかほつきにて.
いや我々かまくら殿よりあらためらるゝとがをもたず.御山ぶだうのしゆ行が天下のはつとにばし成候か.時に左衛門
つつと出.いや/\左様の事にあらず.よりともよしつね御中ふわに成給ふに付.はうぐはん殿十二人の作り山ぶしと成
(六ウ)
おくへ御げかうのよし聞へ.改め申せとの御事といふべんけい聞て.あらうれしやしさい承らぬ内は思はぬきづかひ
致して候.其はうぐはんとやらんは此なかにつゐに見たるものも候はず.我々は.なんととうだいじこんりうのため.諸国
をめぐり候が何とほうがに付き給はぬか.左衛門聞てホヽ.がた/゛\を誠の山伏にしては請取がたく候よ.殊に同道
十二人.うたがひもなくはうぐはん共ならん一人ものがさじとひしめくべんけい少しもさはがず.何誠の山伏ならじとは
して.此なかに其判官とまぎらはしきもの候か.いやまぎらはしくもなくまさしく御身はむさしばうべんけい.あれ
成色のしろきが判官殿よ.しよせん一人も通さじといへは.べんけいから/\とわらひ.扨々うれしや日本一のつはもの
に我々がにたりとや.是はよきめきゝとやいはんふめきゝとや申さん.さは去ながらとがし殿.御身もかまくら殿
を主君と頼みましませば.ぎけいも共にお主すぢ.御中ふわなればこそさすがのぎけい.すがたをかへてし
のばるゝを.ぜひに改めあらはさんとは扨もさもしき心入.しつかいそれはぶしたるものゝしわざならず.よし
又我々誠のぎけいべんけいならば.此せきの.五百や千のにんじゆ小ゆびのさきにもかくべきものか.御身
ぶしの道をしらばたとひ誠のぎけいとみる共.かゝるかたちに成給はゞあいれんをたれ通さんこそ本意
ならめ.近比ふせう成る所へきかゝつたる物哉と.各一所に立ならび.びく共せばふみつぶさんと思ひこふだる
其けしき.いか成天まやくじんもをそれつ.べうぞみへにけり.左衛門聞て尤也去ながら.さいぜんとうだいじこん
りうのくはんじんと承り候.さだめてくはんじんちやうの候べきちやうもん致し候うはん.もとよりくはんじん帳の有ば
こそ.わうらうのまき物取出しくはんじん帳と名付.たからかにこそよみあげけれそれ.つら/\おもんみ
れば大おんけうしゆの秋の月は.ねはんの.くもにかくれ.生死ぢやうやのながきゆめをどろかすべき
人もなし.爰に中比.帝はおはします御名をば.しやうむくはうていと名付.奉りさいあいのふにんにわかれ.
(七オ)
れんぼやみかたく.ていきうまなごにあらく涙玉をつら.ぬく思ひを.せんろにひるがへしてるしやなぶつとこんりうす.
か程のれいじやうの.たへなんことをかなしみて.しゆんぜうばうてうげん.諸国をくはんじんす一し半せんの.ほうさい
のともがらは.此世にてはむひのらくにほこりたうらいにては.すせんれんげの上にざぜん.きみやうけいしゆ.うや
まつてまふすと天もひゞけとよみあげたり.左衛門聞て此上は.たとひ判官むさしにもせよゆるし申に
はや/\通り給へ.何しさいなし通れとや.然らばらつきよ内隙を取ほうがにをくれ給へは.御大ぎながらぜひくはん
じん帳に付給へ.げに/\げんぜごせのためとててうもく百疋出しければ.いやなふとがし殿.大ぎは一ど名はまつだい.御
身も名有さぶらひの.てうもくづれは見ぐるししなまじつかずはつかぬまでよ.せめて金十両といへは.とがしきよつ
として.扨々ぜゑとき山伏かなぜきをゆるさべほうがをのぞむ.ほうがにつけばせうぶん也とかへつて我をはぢ
しむる.とはいへ判官ならばゆるさるゝを悦びしさいなく通られんが.誠の山伏しれたりと五百疋取出し.何とぞ
とぞんずれ共某もまどしければ是にてかんにんし給へと.やう/\にわびければべんけいにが/\しきかほばせにて.エヽけいび
なれ共といらたかじゆずををしもんで.みな一同にこゑをあげとうばうにがうさんぜ.なんばうにぐんだりやしや.さい
はうに大ゐとくほうはう.こんげうやしやみやうわうちうわうに.大日大しやうふどう明王ねがはくは.判官殿を
此せきもりの手にわたし.くんこうけでうにあつからしめ給へと.たからかにとなへ心中には.なむ八まん大菩薩ねがはくは我
君を.事ゆへなくおうしうへ送りとゞけてたび給へと.こし成ほらがいをつとり./\天もひゞけ.大地もさけよとふき立.
/\/\いとま申てさらばよとて.各打つれ通らるゝ.とらのおをふみどくじやの口.あやうかりける次第也とて聞人.身をこそひやしけれ
第三
去程に.よしやよしつねならぬ身のあさ衣.御すがたさへ有物を色をかへしなをかへ.おほくのなんじよしのぎつゝではの
(七ウ)
挿絵(八オ)
国に入給ふ.爰にたかふだの立て有.何々さとうのたちにて山伏せつたいと候いざ御つき候へかねふさ聞て.さとうのたち
はゞかりに候程にすぐに御通りあれかしと存候べんけい聞もあへずいや/\.つぎのふたゞのぶがくさのかげにて
うらみん所も有.たゞしらぬさまにて御着あらふずるとて各「内にぞ入給ふべんけいつる若を見て是はた
れの御しそくぞさん候さとうつぎのぶが子にて候扨つぎのぶは御内に御座候か判官殿の御供申.やしま
のかせんにうたれて候あらせうしや.扨此せつたいたれの御くはたて候ぞさん候判官殿十二人の作山伏と
成おくへ御通りのよし承り.うばにて候もの此せつたいをはじめて候.見申せばかた/\こそ十二人御入候へ.若判
官殿にて御座なく候かアヽしばらく.かゝるそこつ成事を申さるゝものかな先々内へ御入候へいかにうば君山伏
たちの十二人御着にて候かしまし/\.きうりを出し.つるの子のまつにかへらぬさびしさよ.@にやはゞかり有身として御前に
参りて候へは.かつうはなき人のなをもくたし.又は子共のいにしへのはぢをも.あらはすにてはさふらへ共.あまりに御なつかしき
心斗にて御前に参りてさふらふ也.是はこさとうしやうじがごけ.つぎのぶたゞのぶが母にて候.げにやしんしおんあい
のわかれのあまりには、つゝむべき人めもしらず.又はうきみのはぢをも.あらはすにてはさふらへ共.去ながら此せつたいと申に
げんぜのいのりのためにもあらず後生ぜんしよ共思はず.ちやくし次信はやしまをとゝの忠信は.都にてうせけると斗
にて.くはしき事をもしらずして.ひとりかなしむ身をしる雨のはれぬ思ひやなぐさむと.此せつたいをはしめて候
ふだを立てよりこのかた.一日に五人三人ないしひとりふたり.たゆる事はましまさね共.十二人は今がはじめてにて候.
いづれか我君ぞ何れかそにてましますぞ.よもふけたり人のしるべきにもあらず.此うばかみゝにそと.御
かたり候はゞ此せつたいのりしやうにてむなしく成し次信をふたゝびみると思ふべし.しんしより主上はふかき
ちぎりの中なれば.さして我君もあはれと思召らめ.ことさらに御ために命をすてしらうどうのひとりははゝ
(八ウ)
ひとりは子也.などやとふらひの御ことはをも出されぬ.か程かずならぬ身には思ひのなかれかしあらうらめしのうきよやな
べんけい聞て是は思ひもよらぬ事を承りし物哉.我らときの山伏の.五人三人行つれ/\こんや十二人とまりたれば
とて判官殿とはかゝるそこつ成事を承りし.去ながら誠次信の母にてましまさば.判官殿の御内の人せう/\みしり
給ふべし.しよせんそなたよりなをさして御らん候へ仰のことく我子は御内に有しものなれば.大かたすいりやう申たり共
さのみちがひ候まじまつかやうにもの申山伏をはどこ山伏と御らんして候ぞさん候只今物仰られつる客僧は.此御供
の中にては一のらうたいにて御わたり候な.いで此御供の中にて年よりたる人はたそヲヽ今思ひ出したり.判官殿の御めの
とのおや.ましおの十郎ごんのかみかねふさ山ぶし候なとしよりたるがかねふさならばにこうもかねふさにて候べきか
扨是成はどこ山ふしにて御入候ぞ是はではのはぐろさんより出たる山伏にて候いや是ははりまの人のこゑにて候物
を.それをいかにと申にうばはもとはりまのもの十三のとしけいぼをうらみ.都に上りこしやうじ殿とちぎりをこめ次
信忠信をまふけ今かゝるうきめを見候へば.たゞうらめしうこそ候へ.されば我国の人のこゑなればなど聞しらで候べき.いで
此御供の中にはりまの人はたそ是も思ひ出したり.判官殿ひよどりごへとやらんの御時.かり人のすがたにて参りあひ
其まゝみやうじを給はり.今迄も御供と聞へしわしのおの十郎山伏候な扨又かやうに物申山ぶしをばどこ山伏とし
ろしめされて候ぞ是こそ大事にて候へ.京の人のこゑかと思へば又あふみの人のこゑにもにたり.いで御供の中にあふみの人は
たそや.さればこそはじめより.きりやうこつがら人にすぐれ何とやらん物をそろしげ成御有様あつはれ是はべんけい山伏ご
ざめれ.それならばもとはあふみの人、三たう一のあく僧今は又我君の.一人たうせんのものゝふよなふものゝふよものゝふも.物の
あはれはしる物を.などさればあまりに御心つよくましますと.たもとにすがりこゑを上人めも.しらずなきゐたりつる
若見参らせいかにうばごぜ.か程心もなき人々にさのみことばをつくさんより.今は内へ御入候へ是成わらんべはこざかしき
(九オ)
事を申物かな.誠次信子ならば主君判官たるべきものをゑつて出し候へ承りて候と十二人の山伏のみな御かほ
を見まはし是こそそにておはしませさてそにて有べきいはれはいかにいやいかにつゝませ給へ共.人にかはれる御よそほひ
うたがひもなき我君よ.父たべなふとてはしりよれば.いはきをむすばぬよしつねなればなく/\ひざにいだき取.
げにやせんだんはふたばよりこそにほふなれ.誠に次信が子なりけりと皆涙をぞながしけるごんごだうだん此うへは何を
かつくし申べき.是こそ我君にて御座候へちかう参りて御めにかゝられ候へわか君をおがみ奉るに付て子共の
事こそ思ひ出られて候へ.扨も次信はやしまにて.かうなり共申又ふかくなり共申.さいごの有様承りたく候
はうぐはん聞召いかにべんけい.次信がさいごのしぎくはしくにこうにかたつてきかせ候へ畏て候.御ぢやうと申
御しよまうといひ.よもすがらかたつて聞せ申さんちかうよりて御聞候へ.扨もやしまのかせん今はかうよとみへし
所にもとわき殿のじなんのとのかみのりつねとなのつて.せうせんにとりのりいそまちかくこぎよせ.いかにげんじの大将
源九郎よしつねに.や一すぢ参らせんうけて見給へとのゝしる.かう申各を初めとして.我も/\と御やおもてに立
んとせしが.何とやらん心をくれしたりし所に.次信は心まさりのかうの人にて御馬のさきにかけふさがり。よし
つね是に有とてしづ/\とひかへ給ふ。其時にのりつねは。引まふけたるゆみみなればやつぼをさしてひやうど
はなつ.あやまたず次信のきたりける.よろひのむないたをしつけあげまきかけずたまらずつつとゐとほし.
うしろにひかへ給ふ我君の御きせながの草ずりにはつたとゐとむ.扨其時に次信は馬にのりなをらん.
/\としけれ共大事の手なればちつともたまらず馬よりしもにとうどおつ.やがて我君御馬をよせ.
次信をぢんのうしろにかゝせいかに次信.いかに/\との給へ共たんだよはりによはつてつゐにむなしく成.なんぼう
めんぼくもなき物語にて候.なふ其時に弟の忠信は候はざりけるかあらをろかや忠信の御事は.日
(九ウ)
の下においてかくれなしの殿のわらはきく王丸.次信のくびをめがけなぎさのかたにはしりあがるを.忠信とて
はなつやにきく王がまん中ゐとをされ.かつはとまろべばのりつねふねよりとんでおりきく王が.わたがみつかん
ではるかのふねになげ入給へは程なくふねにてむなしく成.がんぜん兄のかたきをは.弟の忠信こそ取て候へ
さてはかたきも大将につかへ申しゝ御わらは次信は又我君のひさうにおぼせし御内の人かれは平家の舟の
中こなたはげんじのくがのぢんかれもしゆじう是もしゆじう思ひも同じ思ひなればよそのな
げきを思ひ合御なぐさみ候へとよそれは仰迄も候はず.御身がはりにたつうへはこんじやうごしやうのめんぼくなり.
去ながら.命ながらへ御供申.御おひをもかたにかけ此おざしきに有ならば.十二人の山伏の十三人もつらなりて.只今
見ると思ひなばいかゞはうれしかるべき.扨なふ弟の忠信は都にてしゝたる共申.いまだながらへある共申.つい
でにかたつて御聞せ候へされば忠信は君の御ゆくゑを尋かね.都にしのび有よし六原より聞付うつて
むかひつゐに六でうほり川の御しよにて.我君をおがみ奉ると思ひじがいせられたると承り候なふとふ
につらさのまさりぐさはすゑにのこるしらつゆと.思へばあさましきながいきやな.こぞのはる忠信わざと
人を下し.次信うたれたると聞ければ.身もだへなんとは思ひしかど明年の春の比.忠信下らんといふうれしさに.次信が
事はよそに成.あはれことしもはやく立.あら玉の春もきて忠信もこよかしと.思ひし事もあだし世にいけ
てものを思はんより.ころしてたべや人々とてぜんごも.さらになかりけり.君をはじめ各誠にだうりしごく也
とて共に袖をぞしぼらるゝよしなきなが物語のうち夜が明て候.おくとは程もちかければ.追付御入
あられふずる間いざ御立とすゝめ奉れば鶴若是を聞いかにたれかある.馬にくらをきゆみうつぼ
をこせ君の御供申さんにやあ御供とは何事ぞ君の御供申てこそおやのかたきにあふべけれ
(十オ)
挿絵(十ウ)
挿絵(十一オ)
それはゆみやの道是はしゆぎやうの山伏道に何のかたきの有べきぞさあらばちいさきときんすゞかけ
をこしらへて給はれ.山伏道の御供せんべんけいしばし涙ををさへあつはれ次信が子かな誠御供有たくはけふは
道具をこしらへ給へあすはむかひに参るべし誠さうかなか/\にわれもむかひに参るべし我もむ
かひに参らんとめん/\こゑ/゛\にすかされいとけなき身のかなしさは.まことぞと心得てすこしことばのよはり
たる.をりを得て客僧はなく/\おくへぞ下らるゝ.此人々の心の中.物のあはれは是成はと聞人.袖をぞしほりける
第四
かくて其後.爰もたびねの袖のうら.ひそかにではの国よりもひでひらがたちに入給へば.入道をどろき子
共をつれ御前に罷出此たびの御けかう誠にもつたいなくこそおぼへ候へ.其上北の御かたさまこしぢのゆきの
うきなんじよ.夜さむの衣うすき御すかた.かへす/゛\も御いたはしと涙と共に申さるゝ.ぎけい聞召今@
の事ならねど.弥頼むとの給へは.こはみやうがにあまる御ぢやうのおもむきやあ子共ら.只今の御一ごんたとひひで平
しゝたり共必々わするなゑ.誠に某がながいきも思へば天りにかなへり.ぜひかまくらへしこうして.ぢきに言上
申御中なをし奉らん.御心やすく思召と扨人々にもあいさつし.先しんでんにうつし奉りよきにきやうおう仕れと.
しんていのこらぬ有様に頼もしくぞ「見へにける.比は卯月の初の八日ひでひらがをとの姫.ちくさのまへとて
いまだ二八の春もすぎ.折ふしにさくあづまぢのつゝじがをかのはなぐるまおばしまにとゞろかし.おくさまへのお取つぎ頼
ま@@といふ所へ.判官ふつと出あはせや.ムヽして是はどこからぞ.姫少ゑしやくしてわらはが母の方よりおく様
へといふしほらしきかほばせにぎけいほうどなづみ給ひ.先は見事の花ぐるま.引てのお名はととひ給へば、ちくさと
@さふらふ也.かゝるいなかのすゑの松山花のなみ.色よし.ふりよしぬれのさかりと手をとらんとし給へば.しやほに
(十一ウ)
@んのゐなかものをと思はせぶりて立帰る.すがたのおしやをじまのあまのかさねてたよりのふねもがなと.
あ@なつかしげに見をくり給ふ所へ北の方出させ給ひ.扨うつくしの花くるまいづかたよりととひ給ふ.いやひで平
が女ばうのかたよりと.の給ふ内にも恋の山.ちくさに思ひあまりてやうはのそら成御有様北のかた御らんじて.君は御心
にかゝる事ばしさふらふが.只今うか/\と見へさせ給ふかとあればぎけいちやくとよい手を出し.されば此花を見てふと
にんかいのあだ成事こそ思はるれ.さかりはあしたのつゆちるはゆふべの風をまたず.とかくぼだいしんをおこし一七
日ざぜんして心をこらし見んとあれば.北の方をどろき給ひなふ今やなどごせの道さりとはおぼしとゞまり
給へとたつてなげき給へ共いやまづしづめて聞給へ.我年月のかつせんに人をころす事かずをしらず.其つみ
いかでまぬかれん.しゆらのくるしみめのまへなれば何とぞ此くをのがれたきねがひ.御身共又後の世を.一つは
ちすののぞみ有ゆへ也.あしく心得給ひそよ.はて其御心入ならばともかくもとはいひながら.少しのまさへ待どを
なるに七日あはではいかにぞや.あられふものかとの給ふをいろ/\いつはりなだめさせ.おもてのざしきに出給へ心
の「内こそうれしけれ.扨べんけいをちかう召れよもやまの御はなしの次に.何と世の中にやめがたき物は.しき
よくの道にて有まいかとの給へば.ずいぶんかたきむさしばう.誠にそれ斗はやむまじき事と打わらふてゐたり
けり.判官よきしゆびと思召.いや是べんけい.それに付近比いひかねたれ共もだしがたき恋ぢ有て.おくをはかやう
にたばかりし.めいわくながら其方我身にかはり.ざぜんしてくれよとあればべんけいあきれて御かほをながめ.
もまたやめさせ給へといふぎけいはつと.おぼしながら.此たび斗ふせうながらぜひに/\との給へば.はてれうけんも
なし仰なればともかくもとざをしめて.きぬ引かづきし有様はさながら.おにゝ衣也.判官ゑつきまし/\とかう
いふはくだなれば.もはやゆくぞとの給へは.べんけいぶけうこゑにて.是々ずいぶんはやく帰らせ給へ.をそくは此やく
(十二オ)
めことはりなしに引申さん.ヲヽまたせはせじといひすてゝ.ちくさのまへのおはしけるつまどに「しのばせ.給ひけり
はやふけすぐる.さよあらしさぞさこそ.袖のあさあき思ひやられて.北の方.てうしさかづき取そへて.物しづか
にさしあしし.そつとのぞき見給ふに.おこなひすましおはします.扨も/\お心ざしのかくもかはらせ給ふ物かは.去
ながらにはかにさやうにあそばしては.おきづまりもやとうるさしよひよりの御心ばらしにさゝ一つとより給へば
べんけいぞつとさむけたちしきりに.かうべをふりにけり.ムヽ扨は御おこなひのじやまにばし成さふらふか.しかし
つねにおすきなれば.ひらに/\としひ給ふべんけい.心に思ふやう.いや/\爰はのんでとく.又はやくかへすためとお
もひふすまの下より手を出し.たぶ/\と引うけ.をしうつぶいてずつとほし又さし出しちやうどうけ.のむうちに
我をわすれあたまをなでゝは.よいきみかなといふこゑにをどろきかほさしのぞき是はいかなる事.扨もにく
やときぬ引のけなふ殿いづくへやり給ふぞ.はやくいはれよはら立やとあらけなくとがめられべんけいほうと
行つまり.いやまださぬきのやしまにと何をいふやらわけもなく.あとをも見ずしてにげにけりエヽはら立や
むねのもへゆるはしほがまのうらみは君にときぬ引かづき.むさしがごとくざをしめていまや/\と待給ふ
御有様こそ「たゞならね.はなのにしきの.したひもは.とけてなか/\よしなややなぎのいとのみだれ心.
いつわすれよしのぶの.さとのしのぶずり.みへすく/\.うすきなさけと思はれずや.はやとりがなくさぞ
べんけいやまちかねんと.立帰り見給へばつつくとしてざしてあり.扨々待どをからんべんけい.さりながら.さき
へゆきてのしゆびいやはやことばにつくされず.とてもの事に君がなさけの有様かたつてきかせん.とは
いへぢき/\にはゑんりよあれば.きうくつながら今しばらく其まゝきぬをかぶりてゐよムヽ何心得たとて
@なづくかヲヽさあらはかたるに付.かゝるあづまのはてしにも又有物ぞやさ女.しんぞ都はづかしく哥にて
(十二ウ)
くどけば哥にて返し.たとへでなげゝば@とへでうけ.どうもならぬをやう/\となびけ.とこのうちとけかたらひは
いやはや何のいんぐはに山の神めをはる/\つれては下りしぞ.扨こしかた行末の物がたりのうちやもめが
らすのなくこゑ聞ゆ.よや明ぬらんはや帰らんといへば.かの姫じつと手を取て.からすがなけば.もいの
とおしやる月夜のからす.いつもなくとうたひとめられし程に.いや/\はやあくるやらあれ./\/\
あかつきのみやうしやうがにしへちろりひがしへちろり./\/\とする程に.いなふよ.もとらふよといへどもこ
ごしにだきついて.いなふとももどらふとも何ともそなたの御はからひと.いふてはたもとを引とめて.とりも
なけ.かねもなれ./\/\しけれど.しめておよれのよはよなかとかいでのやうな御手にて.某がせなをほと./\と
たゝかるれば.何の事が思はれふわんざくれ命もろ共とは思へども.しのゝめやう/\あけがたなれば御なごりいつ迄も
つくるよさらに候はじと.ぜひなく帰れば送り出.なれ参らせずはいかはかり今の思ひはせまじをと.うらめしげ
成わかれの程.やれべんけい.おにのやうなそち成共心のひかれまい物にてなし.や.さぞきうくつならんさあ/\
もはやきぬをとれ.何いやとてかぶりをふるか.扨はをそくかへりしはらだちヲヽだうり去ながら今少はや
く帰らんと思ふ所に.かの姫しづかゞ事をとはせられてな.そこで大きなうそをついたは.其しづかめは
ろくなものならず.それゆへ京にすて置しといへば.又おくがふぜいを尋られし程に.猶々そしつていや
/\.人のまじはりするものにあらず心入のあしき生れつきのおかしさを.たとへていはゞ何にかは.とつとみ山
の其おく山のこけざるこざるが.あめにそぼぬれてひ.ひつくばふてかいつくばふてさうしてかうしても
のとして.どこに一つのとりゑがないぞひのあたまもはげてゑ.ゑしやくはなうてヲヽこわいかほぞといひ
ければ.それは又何人のそくぢよそと有程に.なんのかずならぬしづはらの.木こりが娘也とこたへたと.の給ひ
(十三オ)
もあへぬにきたの方たまりかねとびかゝる.ぎけいあはてゝやれかなしやべんけい.頼みがひなしとふりきり給ふ
をようしやもなくしがみ付.してわらはが父のいつ木こりをせられしぞいかに恋のたよりとてもあま
り成御しかたとおぐしをとつて引付給へはさしものぎけいせめつけられ.くるしげさふなこはねにて.いや
/\ひよつとぶてうほう.まつひらおゆるし/\とわびさせ給ふをべんけい物かげに聞ゐしが.おづ/\立
出まつかうあらふとぞんじた事.是はおく様のぢう/\おだうりもはやかんにんあそばせと.ぜひに御手を引
はなせば.めんぼくなさふに判官はむづ/\とおきなをり.しほ/\としておはせしは手もちぶさたにみへ
にけり.べんけいあまりせうしさに.此うへは某ずいぶん御ゐけん申さんとかくかんにんあそばされよ.若
其うへにもやみ給はずは.きつとそにんいたすきといへば北の方聞召.いつ是りんき斗で申になし.今は
大事の御身なれば.人のそしりよのねたみひでひら殿へ聞へても.よからぬ事とぞんずる故と其りをつ
めての給へはぎけいもほうどつまらせ給ひ.いやなふ尤是にこりぬ物がたあらふぞと.にがわらひ
の御有様べんけいおかしく思ひ.誠にいけんのいひ置は申されず.我君はもちろん此むさしめも.一
生物のをそろしいといふ事をしらず又すまんのてきにあふてもつゐにうしろをみせざるに
こよひおくさまの御けしきには.ぞつと身のけがよたち手あしもなへ心きへにぐるにとはうをうしなひし.あら
もつたひなやいまはしやこりさせ給へかさねては.此むさしはそんぜぬと後にはどつと打わらひ.おいとま
申て立にける.かのべんけいがにげぶりと.又よしつねのなんぎのてい.しつとならずはかくやあらめとみな人.かんずる斗也
第五
@ゐむじやうのならひとて.さとうひでひらは.ぶんぢ四年のふゆのすゑ.つゐにむなしく成給へは@けいを始初
(十三ウ)
奉り.一け一ぞく諸共にうれへにしづむ斗也@@共日数かさなれば.七日/\の御とふらひげにもしゆせうにみへにけり.
扨もひでひらしきよあつて.百か日も過ざるにかまくら殿よりみげうしよ下り.やすひらがていにして兄弟五人
ゐ見す其文にいはく何とておくの一たうは.あくぎやくのぎけいにくみし頼朝に敵をなすでう其ぶめいをしらず.
はやくぎけいをほろぼしかまくらにかうさんせば.くんこうあつめておこなふべきもの也頼朝判とよみ上けり.兄弟しばら
くとかうもいはずめとめを見合ゐたりしが.総領しきとてやすひらをつとつていふ様は.何れもいかゞ思はるゝぞ
みげうしよのことくよしなきぎけいを主と頼み.おりまじき所にて馬よりおるゝもむやく也.いざうちとつてかまくらにさゝ
げ.くんこうにあづからんいかに/\といひければ.にしきどをはじめ四郎もとよしひづめの五郎皆尤とぞ同じける.
中にもいづみの三郎涙をはら/\とながし.扨々もつたいなやいくとせいきんとてかゝる事はの給ふぞ.父上も此事を.まつ
ご迄いひ置いづれもきしやうをかゝせ.よにうれしげにてしゝ給ふ其ゆいげんをむなしうし.お主に弓をひかん事
いきてはいゑのなをくたし.みらいのごうはいかゞせん此事においては思ひとまらせ給へやと袖を.ひたしてかん
げんす.やすひらにしきど詞をそろへ.何兄々はもちろん弟共迄れうけんして尤と同せし事を.汝一人いなと
いふはひつぢやうたかたち殿と一みと見へたり.然れば我々に敵せん所存.まつたくそこをたゝせじとひざ立
なをしいかりをなす.たゞひらゐなをりいや.事おかしきふるまひや.しんきやうのれいをおもんじかんげんするがひが
事か.天命をもをそれずあくぎやくぶさうのかた/゛\を兄共人共思はねば.是よりすぐにたかたち殿へと参り御み
かた申ぞや.兄がほをしていらざるりきみさあ.口程あらばとめてみよと四人をはつたとねめまはしざしきを
けたてゝ帰りしはげにたの「もしくぞみへにける.兄弟四人はらを立.じこくうつさずえおしよせ先たゞひらにはらき
らせ.いくさ神にまつらんとてるゐかなざはとりのうみに.三千よきをさしそへいづみがじやうへと「をしよせける去程に
(十四オ)
挿絵(十四ウ)
挿絵(十五オ)
いづみの三郎忠平はいそぎ宿所に帰り.女房に近付初おはりを語りければこはそもいかに我君は何とかならせ
給ふべき.よし此上はぜひもなし.みづから女の身成共.御身諸共御供し.とにもいかにも成はてん思へば/\あさましのう
きよの中やと涙をながし申らるゝ.ヲヽよくぞ/\頼もしゝ.さすがはさとうしやうじの娘忠平が女房程有
けるよ.然らは侍のさいごに心がゝり有ては必ふかくの死ありとや.いざ二人の子共をがいし心よく討死せんそれ/\と有
ければ女房少もわるびれず二人の若を召つれて父が「前にぞなをしける.むざんやな若共は五つと三つに成けるを
忠平さうのひざにいだき.をくれのかみをかきなで/\.しばし涙にむせびつゝアヽさてふびんのもの共や.いく程そ
はぬ間をおやと成子と生れ.あまつさへ父が手にかけころさん事.ぜんぜのいんぐはといひながら思へばつらき事共かな.
去ながらころす父なうらみそゑ.是おぢ共がなすわざぞ.念仏申せといふまゝに兄花若を引よせて心もとを二刀さ
しころしをしふする.弟が是をみてわつとさけびこわいぞなふ.母上さまといだきつゝ.忠平心はきゆれ共やれ花
みつよ.汝斗はゆかぬぞ父も母もゆくぞとて.母に其まゝいだかせながらひぢのかゝりを一刀.わつと斗をさいご
にて同じ枕にをしふせ二人がしがいの其上に.扨諸共たふれふしこゑもおしまずなきにけり.涙の隙より忠平は.
扨も/\いか成ぜんぜのしゆくごうにて.げんざいの我子をは.手にかけころすはかなさはアヽあさましきものゝふの.ひくにひかれ
ぬ弓やの道.なむ三ぼうしなしたり/\かく迄ぶうんつくる物かと又ひれふしてぞなげきける.女房も猶し心はきゆれ共.
おとこにちからをつけんと思ひ.御なげきはことはりなれ共去ながら子共をころし.我々がながらふる身でもなし.さだめて御
身やみづからが.くはこのかたきが子と生れ御手にやかゝるらん.何事もさたまるごう成なげかせ給ふなと.さも
いさぎよくの給へど.せきくる涙はしらいとのたきつせにます斗也.忠平聞てげにをくれたり弓取の心をゆる
せばふかくを取さだめてをしよせ来らんと.子共がしがいをかくし置らうどう共を召あつめか様/\の次第なり
(十五ウ)
用意せよと有けれは.さすがいづみがけらいとて命をおしむけしきなく.畏て候と弓やりなぎなたた
ち刀.思ひ/\にはらまきしよせくるかたきを今や/\と「待にけり.じこくうつさず.かたきの大ぜいふたへ
みへにをつとりまきときどつとぞ上にける.城の内にもかくとごしたる事なればきどをひらききつて
出両方たがひに入みだれ火花をちらして「たゝかひけり忠平は其隙にものゝぐし弓をしはりやぐ
らに上れば女房もものぐし.なきなたひつさげつゞきけり.扨忠平は大おん上けそれへよせ来るはてるゐ
かなざはとりのうみとこそみれ.某がいふ事を慥に聞てくはしくかたれ.我兄弟ながら汝らが主共ほど
とんよくぶたうのものはなし.あはれ命がな命一つほしし.天命しらざる兄弟共のなれるはてが見とゞけ
たや.今某がはなつや汝らにゐるにてなし.兄弟のもの共にうらみのや一すぢうけて見よといふまゝに.十三ぞく
三つぶせ三人ばりに取てつがひよひきひゃうどはなつやが.一ぢんにすゝんだるかなざは九郎がむないたをくつとゐ
ぬいてあまるやが.うしろにひかへしばんはの兵衛がかぶとのゆんでのふきかへしに火けふりちらしてたつたりけり
是をはじめてさしつめつめさん/゛\にゐる程に.十七八きゐておとし.扨やぐらよりとんでおり打物ぬいてさしかざし.
夫婦諸共きつて出爰をさいごと「はげみけりいまだ時もうつらぬまに夫婦の人の手にかけて.五十八ききつ
ておとし残りしやつばら四方へばつとおつちらし.手に手を取て内に入.いざ是迄と忠平はよろひの上おびきり
ほどき.心しつかにくはんねんしはら十文じにかききれば女房やがてかいしやくし.刀のきつさき口にくはへうつふしにかつは
とふす.女房は廿九忠平は三十三.おしかるべききいのちかはまことにこれらがさいこのてい.ちうとやいはんぎ
とやせんぜんだいみもんのしだいなりとておしまぬ人ことなかりけれ
二條通寺町西入北側
大坂かうらいばし
さかいすぢのかど出見せ有
山本九兵衛板
(十六オ)


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