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天王寺彼岸中日付タリ本朝邯鄲之枕

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校正

翻刻にあたり、虫食い等により不鮮明な箇所(@)を、古浄瑠璃正本刊行会編『古浄瑠璃正本集 角太夫編第三巻』(大学堂書店、1994)所収の東京大学総合図書館蔵本(以下【角】)を参照した。
(一ウ・17行目)【底】@@—【角】まだ

翻刻

第一
天王子彼岸中日{てんわうじひがんのちうにち}付タリ本朝邯鄲之枕{ほんてうかんたんのまくら}
さてもそのゝち.にやうこくどしゆじやうおういぶつしんとくどしや.くはんぜをんの御ちかひ
にはもろ/\のしゆじやうの中になんし女子にかぎらず.たとひ十あくにんたりといふも其人其心にどう
じて.忝くも其身を三十三じんにへんじて.しゆじやうをゑどし給ふくはうだいじひにて有がたき.其比
わしうかみのこほりいなをかむらのぢうにん.くめ川たくみのすけとよかつとて.どみん.一人有けるが.しかるにとよかつ
さいちよにこへ.ぶんふ共にくらからず.くけにもぶけにもならぶかたなきほまれ有.しかれともあいべつりく
のよのならひ.ようせうにてふぼにをくれ.かなしみの涙に月日をおくり.ほつしんののぞみふかくつねに
くはんをんをしんじ.十三のとしより五々のことしのけふまでも.まいにち三十三ぐはんのふもんぼんををこたらず
まいねんさいこく三十三しよをじゆんれいし.二しんのぼだいをいのらるゝこゝろ「ざしこそしゆせうなれ.ころ
しもけふはきさらぎ七日のことなるにせつしうなにはのきしひがしなりのこほり.玉つくりのみなみにあさつ
て.四天王寺のみてうと申は.しやうとくたいしようめい天王三ねんにはじめて御こんりうなされ.ぶつはうさいしよのみ
てら也.ことに此比はみゑい御かいちやうと承る.けちゑんのためさんけいせばやと思ひ.からんのこらずじゆんれいし.扨さい
もんに立出て.とりゐにうちしがくを見れば.しやかによらいてんぼうりんしよたうごくらくど.とうもんちうしんと有.
誠に是はつたへきくをのゝたうふうの御筆にて.此さいもんごくらくのとうもんにあたるよし.聞につけても有がたや.
とりわけけふはひがんの中日.にちりんいらせ給ふ時ごくらくのとうもんひらけて.三ぞんの御らいかうをおがみ奉ると
承る.かゝるじせつに参りあふこと是も仏のゑんならんと.弥しん/゛\きもにめいじ.ふりあふのきて見てあれば.日は@@
(一オ)
むまの上こく也.日りんいらせ給ふまではこくげんいまだはるかなれば.しばらくきうそくせばやと思ひ.らいはいいしに立よりてかさをゑん
ざにこしをかけよものけしきを「ながむればなにはづにさくやこの花ふゆごもりと.ゑいぜしは此にはのことなるかゆきの
内よりさく花の.にほひざくらかゆへざくら.しほがまふけんざうきりかやつ.夕ぐれなゐのひざくらや.花もとしふるうばざくら.みだれ
心やいとざくらすがたいとをしやうきひや.こざくらとらのおちござくら.花はさま/\おほけれどひがんざくらのさきみだれたをやかなりし
其ふぜいげにやごとなき人を見て花といひしもことはりや.もろこしのさこくは花に身をかへしゆんせう一こくあたひせんきんとこ
じんのいひつたへしも.かくやと斗思はれて.しばらくながめゐたりしが.あゝ扨をろか也わが心.さきみだれたる花の中にもひがんざくらは
今をさかりとさきみだる.残りしはいまだつぼみしも有もへ出るも有.其しな/゛\にかはれども.たゞ一もみのあらしにてつぼむもひらく
ももろ共にちりてあくたと成はつる.去ながら花はちりてもまたくるはるにさきにほふあだ成はにんけん也.おゐたるもわか
きもむしやうのあらしにさそはれては.ちり残るもの一人もなし.あゝさためなのうきよやと.思ひつゞけてかく斗たれとても.おなじ
かりねのやどあれて.ながむる花やあるじなるらんとくちずさみ花をながめてゐたりしが.ながたびのつかれといひ.花に心
やうつりけん.ひぢうぃまくらにかたしきてしはらく「ねふりゐたりけり.かゝる所へいくはんたゞしきらうおう一人身にはこのはのころも
をまとひ.はとのつゑをたづさへいかにとよかつ.汝ようせうの時よりくはんぜをんをしん/゛\し.ぶものぼだいをいのること天につうじ.
しよぶつもかんおうなさしめ給ひ.其身其まゝせんにんと成我はこれしんらこくかうきさんにすむわうともせんにんとはわが
こと也.わがすむ山にいういんせんとく/\との給へば.たくみの介ゆめのことばに.こは有がたき御ぢやうかな.我つね/\せんしゆつのそみ有.
しからば御とも申さんと.むちうにこたふる其内に.むねの内より心といふもじあらはれ.たちまちとよかつがすかたと成.かのせんにんと打
つれてしんらこくへと「ひぎやう有りせつなが間にかうきさんにつき給ふ.山より山を見わたせはせうはくしん/\としてこくすいれい
/\たり.をのづからいはほのこけみねをめぐらし.ゆう/\たることいふ斗なし.しかる所に山ばと一はたかにおはれ.たくみの介がたもとの内へ
(一ウ)
にけこみける.たかははとを見うしなひ.そば成こすゑにとまりつゝはたゝきしてそゐたりける.あとよりれうしかけきたりいかに是成おのこ
さいぜんのはとはいづくにかくしけるぞ.いそいで出せ出さずんばめに物見せんときしよくばふてぞ申ける.時におほとも仙人申さるゝは.
じよくあくのよといひながらかゝるざいごうも有ける物かなそうじててうるいちくるいも人ををそるゝはつねのならひ.今あらたかに
おひつめられ.人をたよりにちかづくをいかで出し申べき.其うへ此ものはせんじゆつをまなび.六はらみつをぎやうずる也.しかるうへは
いかでか出し申べき.ひらさらゆるし給へやと手をあはしてぞ.申さるゝ.れうし聞てほゝしゆせうに候去ながら.はとをたすけ候ばたか
のゑじきとめ申べきか.たゞしはとをたすけてたかをころすも六はらみつにて候かしよせんとかくのろんはむやく.はとのかはりほど其方
がしゝむらを給はらんと.つるぎをぬいてとびかゝる.せんにんをしへだてはつたとにらみ.ことはりしらぬはかいむざんの大あくにん.いで物
見せんとつゑふりあげ給へば.およかつやがてをしとめ.仰は御もつともにて候へども.あのものゝ申とをりはとをたすけ候はゞたかをころすにに
たり.つたへ承るせつもんどうじのいにしへ.はとのはかりに身をかへ給ふも今此せつにあひおなじと.かくは其方がのぞみにまかせそれがしが
しゝむらを心のまゝに取給へつゆちり程もいとはじとくはんねんしてこそ待給ふ.れうし悦びいで/\さらば給はらんと.はしりかゝつてむねのあ
たりを二たちきつて取にけり.しかれ共其きずすこしもいたまず.のりもしたはずこはふしぎやと思ふ内にきずいへたり.時におほと
もせんにんよきかな/\とよかつ.おことが心を引みんため我々がつうりき也.それせんじゆつにはせつしやうちうとうじやいんまうごをんじゆ
かい.此五かいをもつはらとたもち.べつして人をすくうがほうりき也.則是成れうしはあつみせんにんとて我々もろ共此山にあ
そぶことす百ざい也と.の給ふこゑの下よりも.れうしと見へしはたちまちに.はくはつたるおきなとげんじ.しんべう也とよかつ.去ながら
せんじゆつをおこなふにはくぎやうさま/゛\有.則此みねのふもとにやうめいのたきとてめでたきたき有.いざ此にてぎやうせさせん
と.三人打つれそれよりふもとのたきへと「おり給ふ扨其後に.たくみの介さま/\のこうつもり.ひぎやうじざいのせんにん成.とぶとりも
手にとり心のほつする所にいたる.則にんみやうをくめ川と申せしゆへ.くめのせんにんとがうし給ふ.有時しのせんにんの給ふいかにくめのせん
(二オ)
挿絵(二ウ)
挿絵(三オ)
にん.御身かず/\のこうつもりてせんじゆつ心のまゝ也.但何にてものぞみはなきかとあれば.くめ承りさん候.あはれ御いとまを給はれかし.こきやう
のかた今一たび見まくほしく候とつゝしんで申さるゝ.おほとも聞召それこそやすきこと.しからばこきやうへかへり給へ.必々ぎやうりきわす
れ給ふな.又あふまでのかたみぞとて.こんでいのせんぎやう一くはんあたへ給ふ.こは忝しとをしいだき.みねのあがりかのたきの川上を見わ
たせばせまくらうつてはくらうおびたゝしくやをいるごとくはやきせ也.げにつたへきくりうさそうれいのさがしきていもかくやらん.され共
せんにん少しもひるまずかのなみまにぜうしつゝ.ろくぢをゆくよりなをやすく水にしのふて「わたらるゝはや程もなく.たきのもとに着
給ひ.少いはかどにてあしをやすめ.たきつぼを見おろせはたかきことうせんじやうをへだてり.いはほつんざきたぎりておつる其をとは.
さながらなるいかづちのことく也.なにのみ聞しろさんのたきも是には.いかでかおよぶべき.しかれ共むかふのかんくつへ取つくべきやうもなし.こくう
へん/\としてくもなく.こずゑをつたはんたよりもなし.せんにんしばらくあんじわづらひ.とはうにくれてゐられけり.しのせんにんことばをかけいかに
くめ.いまだぎやうりきいただず.そここそ誠の六はらみつよいかに/\と有ければ.とよかつこは忝しとかのきやうををしひらきまなこをふさぎ
くはんねんし.すせんじやうのたきつぼへおもひこふでぞ「とびおちたりふしきやたに水うずまきあがり.せんにんをことゆへなく.むかふのきしへ
わき上たり.せんにん是に力を得.又うきくもに打のりてふきくる風のごとくにて.くるり/\くる/\/\.くる/\くるりひら/\/\ひらちを行
よりなをやすくせつなが間にあしはらこく.やまとぢにこそ着給ふ.ぜんだいみもんの物語.ふしき千万中/\申.斗はなかりけれ
第二
さるほどにわしうのこほりかつてのさとに.とみ山しゆりの大夫としあきとて長者一人おはします.いゑとみさかへめでたふしすだいのはんじやうたに
こと也.さるによつてよゝの人とみ山長者とそうきやうす.しかるに長者ほかにはじんぎ五じやうをむねとし.内にはぶつじんをうやまひ.とり
わけ大ひくはんぜをんのしん/゛\ふり.姫君一人おはします.御なをさくらのまへと申て御とし十四さいにならせ給ふ.ようしよくことにうるはしく.
なさけの道もあさからず.ふでにもいかにうつしゑの.わかきのさくら其まゝに花はゐなかにすみながら.心は都のかにまさり.見る人ごとにをし
(三ウ)
なべて.ほやのすゝきの.我からと心みだるゝ斗也.こゝに又北のかたの御をいに.くま五郎あきたゞとて.生年十八さいふてきぶさうの
わかもの也.かれちぶさの内にふぼにをくれ見なしごと成しを.としあき引取やういく有.則とみ山あきたゞとなのらせ.御子に
ひとしくそだて給ふ.せれゆへおごりひゞにてうくはし.我からいゑのそうれうがほ.かみなかしもにいたるまでにくまぬものこそ
なかりけり扨姫君の御めのとそのべの兵内ざゑもん.其ほかきんじうの若侍に.川口金平おぎのだん六.せのおむらくもかれら
四人のもの共.ちうや御ぜんにあひつるむ.比はきさらぎひがん中日のこと成にとしあき北のかたにむかはせ給ひ.扨も我こよひふしぎ
のれいむをかうふる.つねにしん/゛\し奉るはせでらのくはんぜをん.我々ふうふのまくらにたゝせ給ひ.汝しん/゛\けんご成ゆへげんたう二せのゑん
ふかき.むこをさづけてゑさせん.ゆいせきつゝがなくかれにわたせ.しかるにおいてはふうふ共にあんらくこくにいたらんこと.何うたがひの有べきと
あらたにぶつちよくかうふりたり.是ひとへにげんざいみらいのたのしみ.たつとみてもなをあまり有と.の給ひもはてぬに北のかた御手をうち.
なふふしぎやみづからも.まつそのごとく.御れいむをかうふりたり.たつとしたふとし有がたしと.ふうふもろ共手をあはせくはんぎ.らいはい.なされける.
御ぜんに有あふ人々も扨もめでたき御ことやと悦びあふことかぎりなし.くま五郎あきたゞは扨をもいはず.にがりきつてゐたりしが.はゞかる所も
なく大こゑあげてから/\と打わらひ.扨々人の心はあさ/\しき物かな.くはんをんのれいむとて.ゆへなき物にゆいせきをゆづり.げんたう二せをたす
かるとのたはこと.いやはやかたはらいたし.をのれらまでも同じやうに.おめでたいとのついしやうことば.びやくらい聞たくもない.是長者殿.
若又れいむとしててうあいの姫をそくじにころせとあらば.是もれいむとてがいせられんや.いッかな/\さうはなるまい.なふそうじてゆ
めは五ざうのわざなれば.見るもきくも皆あだこと也かう申あきたゞもゆめにあはせて人をころさば.たうねんの内にもをよそ四五
十人もころすべし.そうじてはかなきことをゆめまどろしとす.只すの御物がたり.まづ此あきたゞはどうしんなしとそらうそふいてぞゐたり
ける.としあき大きにりつふく有.やあしたなが也あきたゞ.汝ごときのぐにんにいひきかすべきにはあらね共.もつともゆめにきよ有じつ
有.そこをもつて四むとわかれり.まさしくこよひふうふ共にくはんをんのらいかうはいすること.何うたがひの有べきを.をのれさへ
(四オ)
ぎつてなんずるは.もりやにまさるぶつてき也罷すさせといかるゝ.あきたゞひざ立なをし.何某をもりやごときのぶつてきとや.其ぶつ
てきほうてきはいさしらず.せんずる所此ゆいせきをつがんもの某ならではおぼへず.けふよりしてさくらのまへは某が女ばう也.いかにけ
らいのもの共.今より後とみ山長者とは.是此はながことにて有ぞ.あのおひぼれ共がゐきにおよばゞ引出せと.はつたとにらんで
いかりしはひとへにやしやのごとく也.としあき今はたまりかね.せんだいみもんの大あくにん.うつてすてんとたちのつかに手をかけ給へは.くま五郎
つつ立上り.是さくたばりぞこなひ.何某を手うちにせんとや.おもしろし/\.いでおぢをいの力くらえいたさんと.とびかゝらんとする
所を.大ぜい取付手ごめにし.ちつともさらにはたらかさず.其時としあき涙をながし.ゑゝ扨あさましきぐにんかな.さやうnしよぞんと
しらずしてとしごろよういくしたる口おしさよ.かつてすてんと思へどもけふはおもきさいにちなれば.しばらくはゆるしをく.汝らにあづくる
ぞ.一まにをしこめばんをせよとをくにいらせ給ひけり.さふらひ共承り.しうめいなれば力なく.くま五郎になはをかけきびしく.しゆ
ごして「ゐたりけり.もろ共に.いざゆきて見んよしの川.いかだにをけるさくらのまへ.はるの日ののどけきに.はしためのてわざとてよしやよし
のゝ川べにてうすぎぬすますおもしろさに.いざなはれ給ひつゝ.うかれ出させ給ひしが.あらおもしろの手わざかな.わらはも共にと
の給ひて.かい/゛\しくもはぎたか/゛\ともすそをとり.うへのたもとをぬぎかけの.人は何共ゆふだすき.しどけなげ成ふぜいにて.かはしまに
ぬのつくあしたきて見れば.かんずるよはのしものたつもの.よの中につくらでしほをもつものは.ふたばがむすめはまぐりのしほ.ふた
ばがむすめはまぐりのしほしほらしや.なふおもしろやとたはふれてしばらく時をぞうつさるゝ.かゝる所にふしきやな.こくうにゐきやう
くんじたなびくくもの内よりも.けしたるすがた見へけるはきたいなりける「したい也くもの内にはくめのせんにんとよかついま此
所をとをりしが.姫君の御よそほひ一め見て.さすがにんがいのあさましさはかゝるたへなる上らうも.よに有物かはとまもり
つめてゐる所に.川風ざつとふきあげて.姫君のもすそをばつとひるがへせば.はぎしろ/゛\とあらは也.せんにん是にしうじやくを
なしせんじゆつをはつたとわすれ.ひぎやうしだいのつうをうしなひ.たちまちろくぢにどうどおつる.こはをそろしやと女ばう
(四ウ)
たちをどろきさはぐ斗也.されども姫君少もさはぎ給はず.まぢかくよりて見給へば.年の比はたちあまりのびなんにてあ
たりもかゝやく斗也.なふ御身は何人ぞ心得がたしと給へば.とよかつためいきほつとつき.あはれおなさけにみづ一つ給はらんおさも
ほれ/\といひければ.姫君かくやすきこと也とひさくに水をむすびあげ.立よらんとし給へば女ばうたち取付.なふけうこつ
やばけものに水のませんとは何ごとぞ.こなたへよらせ給へといふ.姫君につとわらはせ給ひ.よしばけ物にもせよ.かくやごと
なきばけ物は.さのみをそろしくもおもはずと.たはふれながれそばにより.なふ是水まいれとの給へばとよかつかほふりあげ姫君
の御手をばひさくと共にじつとしめ.何共物をいはずたゝ打しほれてそ.ゐたりける.姫君もとよかつが.たへなるいろにけをされて.いな
にはあらぬいなふねのひくてもさすがあらいそのかほ打ながめおはせしが.やゝあつて扨々御身はいか成人ぞ.天にかゝやうほしのせい.
わが心を引見んため.かくあまくだらせ給ふかとうつゝなげにぞの給へば時にとよかつ涙と共に.御ふしんは御ことはり.某は此国のいな
をかむらにてくめ川たくみの介とよかつと申ものにて候が.かやう/\のしだい也と.はじめおはりをつぶさにかたり.御身のたへ成いろにひ
かれ.せんじゆつをうしなひ二たび人がいかへること是皆君ゆへにてさふらへば.一夜のなさけをかけ給へとたもとにすがりくどかるゝ.
姫君もいはきならず.扨忝き御心.たおひ此こと父はゝへもれ聞へ.身はいたづらに成とても.君ゆへならばいとはじとよれつもつれつしな
だれおりとんともたれての給へば.女はうたちもことばをそろへ.わが君の御物がたりなされたる.是こそ誠のむこ君よ.いざゝせ給へと
打つれて.姫君のおはしますつぼねを.さしてぞ「かへりけるさる程に.長者ふうふの人々は.あんにたがはぬゆめのつげと.しうぎ
のよそほひ引つくろひ.さま/゛\のほうらいかざらせ.三々九どの御ことぶきめでた.かりけるしだい也.其時としあきいかにとよ
かつ殿.けふよりしてとみ山のゆいせきつゝがなく.其方にゆづる也と.ぢうだいの御はかせ.御まき物に取そへ.てぞわたさるゝ.と
よかつ三どをしいたゞき.是ひとへにくはんぜをんふくじゆかいむりやうの御ちかひと.をしいたゞきてぞおさめ給ふ.其後にとよ
かつはるかばつさを見わたし給へば.くもできびしくゆひまはし.何ものとはしらね共.かみをしみだき八はうへつなぎあげ.さも
(五オ)
挿絵(五ウ)
挿絵(六オ)
きびしくきんろうせり.とよかつふしぎに思ひ.あれは何ものにて御座候ぞ.たとひいか成とがにんにもせよ.かゝるめでたきをり
なれば御ゆるしかうふりたく候とつゝしんで申さるゝ.としあき聞給ひ.申さる所尤なれども.きやつはしさい有てきんろうせり.
今はなをゆるしなばかへつて御身のためならず.たゞすてをき給へと有.とよかつ弥ふしぎはれず.仰にては候へ共某がためならずと
あればなをもつてよそに見がたし.今日の御よろこびにぜひ御ゆるしかうふらんと涙をながし.申さるゝ.長者かんにたへ給ひ.
扨々もだしがたきのぞみかな.はじめてのしよまういかでかいなと申べき.ともかくも御身が心にまかせ給へ.とよかつよろこびかぎ
うけ取.こくやのとびらををしひらき.なはをきつてはなつとひとしく.くま五郎いなづまのごとくはしり出そは成たちをつとると
見へけるがぬきうちにとしあきのほそくび中に打おとしとびかゝつて北のかたをひざの下にどうどしき.やあいかにそれなる
へうりものをのれはいづくいか成ものぞ.よくも/\此ゆいせきをむさぼらんとはたくみしな.其まきものも其女も.すみやかに
わたすべきか.さなくばきやつめをさしころすがとこほりのごとく成つかぎを御はゝの心もとにをしあつれば.とよかつも姫君も.
たがひにめとを見あはせしばしあきれて.おはします.やゝあつてとよかつ心をじつとしづめ.げに/\あやまり申たり.此ゆいせき
につゆちり程ものぞみなし.まさしくおやと頼みし人のがいをよそに見てはあられまじ.のぞみのごとくまき物も姫もろ共に
返すべし.はゝをたすけて給はれと打しほ/\と.申さるゝ.姫君聞もあへ給はず.なふなさけなやわがつま御身とわかれあの
ごとく.はういつむざんのあくにんに何としてかはそはるべき.とはいひながら心にしたがはねば母さまの命をとる.又かう/\を立んと
すればていぢよの道にたがふ.かきあつめあるもしほぐさ.有にかひなきわらはをころし.はゝたすけて給はれとひれふしなげき.給ひ
ける.とよかつ大きにいさめて.あゝをろか也おやこは一世ふうふは二世.ちぎりくちずはらいせにて又もやめぐりあふべきと.まき物を
なげ出し姫君の手を取て.是々いかにあきたゞ殿.母をたすけ給へとあれば.心得たりと引おこし.とよかつに引わたしいづくへ成共
つれゆけとあらけなくおつ立れば.たくみとかうにをよばず.母うへをおひ奉りゆきがた.しらず成にけり.あきたゞ大きによろこび.そのべ
(六ウ)
の兵内をまねき汝にきやつをあづくるぞと.姫君をわたしつゝ.四人のもの共を近付.たくみの介いまだ程はゆかじ.いそぎぼつ
かけ母もろ共にうつてすてよとく/\といひ付る.承り候と.取物も取あへずあとをしたふて「おつかけ行是は扨置.たく
みの介いづくをそこともわきまへず.涙ながらにおちて行.しかる所にあとよりしきりによびかけたりこはいかにとふりかへつて
見る所に.そのべの兵内姫君をおひ奉り.いきをはかりに来りければ.しゆじう四人の人々.是は/\と斗いてしばし涙は.せき
あへず.そのべ申やう.おつつけ是へ大ぜいにておつかけ来る.いかゞ仕らんといふ.たくみの介ちつともさはがず.母うへの御命をたす
け参らせんためにこそ.がんぜんにあくにんめをいけをきたり.此うへは千ぎ万ぎ来る共何程のことの有べきぞ.汝は母をいたはりいづ
かたへも立のけ.はや/\とく/\と有ければ.兵内承り.あとにのこりえ御せんどを見とゞけたくは候へ共.ゆくもとまるも主君
のため.しからばぎよいにまかせんと母君をかたにかけゆきがたしらず成にけり.しかる所に大せい.一どにどつとぬきつれ.おめ
いてかればふうふの人.ひてうのかけりの手をくだき.大ぜいにわたりあひしばしが程こそ「たゝかひ給ふふうふの人にきり立られ.
むら/\ばつとにげちつたり.おゝさもあらん/\.天めいしらずのぐにん共.道をまもる我々に.たち打いかでかなはんやと.ふうふ手に手をとり
くみて心しづかに.おち給ふ.此人々の御有さま.ゆゝしかり共中/\申斗はなかりけり
第三
かくてそのゝち.しやうじやひつすいのよのならひいまさらをどろくべきにあらず.くめ川たくみの介とよかつはやうぼのゆくゑをたづね
かね.此八かねんが間よしの山のをくにしておきふししげきたけのやの.さびしさ何とすがむしろ.しばといふ物をりしきて.里
ばなれ成山かげに.月はむかしにかはらねど.かはりはてたる身のうへにも.よのならひとて今ははやあねにふげんざうをとう
とにとらのおとて.七つと五つに成給ふ.父母のいとおしみふかくうきが中にもたのしみ也.さればにやとよかつもしんみやうををく
らんため.ひるはひめもすかうさくをいとなみ.夜はよもすがら山に入しよてうをかりてかへりぬれば.女ばう是をいちにもち.
出あたひにしろなし立かへり.やう/\其日のいとなみとなし.とせいををくり給ひかるうきみのはてあはれなれ.こよひもまたとよ
(七オ)
かつはねとりをとりに出られける.いたはしや姫君はひめもすの.つかれもいとひ給はず.夜はゆふなべとてともしびほそくかき立て.
まへだれたすき其まゝに.をだまきといてはりに付.をさなき人のやれてぐら.みだるゝいとをときわけて.しづが.手わざぞしほらし
や.きやうだいの人々ははゝのそばによりそふて.をさな心のしどもなくむかしがたりや是いなごと.たはふれあそぶ其内にも.をとう
とはいはけなくかたこといひて火ぜゝりし.あねにわるさをいひかくれば.あねはおおなしやかになふとらのお.はゝさまのしごとのしや
まばし給ひて.父うへのかへらせ給はゞ.此よしつげてしからせんと.さもいたいけにをどしければ.をとゝは母にいだき付.なふ母さま
あねめが父うけにつげんといふは.あれしかりて給はれと.たもとをかほにをしあてゝねむつかりしてなげくにぞ.母も夕なべさし置て.
ふすま引きせそへぢをし.たゝきつくればうれしげに.よねんなくこそねいりけれ.あねもおなじくふすまの下にねいらせて.をくれのかみ
をかきなで.いくどきことこそあはれなれ.扨々ふびんのもの共や.あはれさていにしへならばとみ山長者のまご共とて.おちやめのとが
付そひて.あやゝにしきのしとねのうへにふすべきに.かくあさましく成はてゝ.今父母がふすまの下にそひぶして.おちやめのとは扨
をきぬ.じんりんはなれし所なればともなふものも兄弟斗.かゝるつたなきうきみのうへ.ゆくすゑとてもおぼつかなやと.ひとり
もだへて.なき給ふ.五かうの天もあかゆけば.ゑんじのかねにをとそひて.とりのこゑ/゛\つげわたる.しかる所へつまのとよかつあまた
とりをかりとり.あみどをあけて入ければ.女ばうをどろき.なふかへらせ給ふかといふこゑに.二人の子共もめをさまし.なふ父うへととり
付よろこびゐたりけり.父はうれしげにさだめて我を待かねつらん.汝らがふびんさにかくはするぞといひすてゝ.よもすがら取
たるしよてう共を取出し.是々女ばうこよひのしあはせかくのごとくと見せければ.姫君打ゑみさぞ御つかれにて候べし.しばらく御やす
み候へ.なふいかにふげんざう.父うへにみやづかへ給へやといひすてゝ.をとうとのてを取ていちに出んとし給へば.あねのふげんざうあとをおひ.なふ母
さまわらはもつれてゆかせ給へとつゞいて出んとし給へば.母立かへりやれとこゝな子はいつにかはり.何とて母とゆかんといふぞ.わらは女の身と
して此しろがへ物を持.ことにをさなきものをつれあまたのいち人の中へ行身成に.おこと迄つれ行て母は何とか成べきぞ.只父うへとるすをせ
(七ウ)
よとしかり給へば.いやぜひにゆかんとの給ふを母かさねてあゝ扨聞わけもなきものかなぜひにゆかんと思はゞとらのお斗は母が子で御身は母が
子ではなきぞ.さあさきへあゆめとの給へば.ふげんざう今はせんかたなく.なふ其義にてましまさば父うへとあとにてるすをいたすべし.やが
てかへらせ給へ.なふとらのおさらばやといひければをとゝはあとを見返りてなふあねさま.みやげをかふて参らんといたいけに申にぞ母も
少は涙ぐみ立わづらふてゐたりけり.とよかつみてやれをろか也女ばうをさなきものゝおやのあとをしたふはつねのこと.はやとく/\と有ければ.
げにもと思ひ姫君もなく/\.「いちにぞ出らるゝ.時にとよかつあねの手を取いほりの内へつれ入.母もおつつけかへるぞとよ.其隙
にちゝがとりをれうりしみせんとて.まないた取なをし山どり一は取出し.こほりのごとく成はうてうを持.まなばしつき立きりわくる.
あねうれしげに父がむかひにをしなをり.なふ父うへいろよきはね少給はれ.とよかつ聞てやすきこと得させんと.はがいの下よりさもいつく
しきはいろ成をしわけて得させ.をさなきとてさま/゛\のものをもてあそぶよな.して此はねを何にかするぞ.母さまの今にかへ
り給はばはねにすげてもらひませんとよろこべば.とよかつ打うなづき.かたはがいを打おとし.又かたはがいにきりつくるとて.はうてうの
つかぬけ出.をさなきものゝむないたにがはと立.うしろへぐつとつきとをれば.はつとをどろきいだきあげ.つるぎをぬけばながるゝちはたきのごとし.
父はめもくれ心きへ.やれふげんざうやれあねよ心は何と有けるぞと.あはてふためきとはうにくれたる.斗也.むざんやなをさなきもの.くるしげ
成いきの下よりも.なふをそろしや父うへさま.今より後は母さまのあとをもおふまじきをとゝもいたはり申べき.命をたすけ給はれと.手あしを
ふるはしめを見つめ又たへ/゛\に.成にけり.とよかつもいとゞ心もきへ/\と.やれおことを何しににくしと思ふべき.是皆父があやまり也.ゆるしてくれよ去とては.
今一ど心を取なをせ.今にも母が帰りなば.何とこたへんかなしやと.よべどさけべどいきもはや.きへ/\にこそ見へにけれ.是はそもいか成神の御ばつそや
命共かへじと思ふわが子をば.わが手にかけてがいすること.一せやニせのいんぐはかや.今迄はさしもいたいけに.此はねを持.さもうれしげ成ふぜいにて今
にも母が帰りなばはねにすげてもらはんと.悦びいさみ有しもの.はねは其のまゝ持ながら.主はむなしく成しよな.うらめしの此つるぎやと.そ
ば成はうてうなげすてゝたゝひれふして.なきゐたりけるあはれのをりふしに.母はをとゝの手を取て.さぞあねがまちかねんにとあしばや
(八オ)
に立帰り.あみどのそとよりなふあね母が今かへりたるはと.いひながら内に入此ていを見て.なふ是はいか成こと成ぞと其まゝひ
ざにいだき取.いかにとよかつ殿是はそもいか成ものゝしわざぞや.なふふげんざう母こそ帰りて有けるは.あねよ/\と斗にて其
まゝきへ入.給ひけり.いたはしやふげんざうは.母といふに心つき.なふ母うへさまはいづくにましますぞ.母はあまりのかなしさに.なふ
御身はいとをしや.もはやめもみへざるかかなしやな.今いだき上しこそ御身の母.さくらのまへにて有けるは.其時ふげんざう少手をうごかし.母
の両手に取付てさもたへがたきこはねにて.なさけなや父うへのわらは御身のあとをおひしがとがぞとてかくつれなくせされ給ふ
ぞや.うらやましやなとらのおは.母さまのつれゆかせ給ふゆへ.いつまでもながらへ給はん.うたてやなみづからは.よしなき父ごと御るすを
いたせしゆへ思はぬめいどにおもむくは.なふ此後もとろなおお.かならず/\父うへと.るすをばしし給ふな.なごりおしさはとらのお.なを
もなごりのおしきは母うへさま.あらくるしやと.是をさいごのことばにて.其まゝいきたへむなしく成.ふうふあまりのかなしさに.やあふげんざう
つゐにむなしく成けるか.ゆかでかなはぬ道ならば.父母共につれゆけと.よべど.さけべど.かひぞ.なきしよじのあはれと聞へける.母
は心もきやうらんし.其まゝおつとにしがみつき.なふこゝな物ぐるひ.人のおやのならひにて.子をせつかんするはつねのこと.いまだとしにも
たらぬ子なれば.むりもわるさもいふべきに.おやの身としてかくむごきしわざは何事ぞ.むかしが今にいたるまでおやをころ
す子はあれど.子をころすおやはなし.あのとらのおもみづからも.あとにのこして物思はせんより.其つるぎにて一しよにがいし給へやとうらみ
かこちてなげかるゝ.とよかつも涙ながらにかほふりあげ.おゝ是ことはり也去ながら.よく思ふても見給へ.一めいともかへじと思ふ此子
をば.何がにくふてころされん.近比めんぼくなきことながらかやう/\のしだい也と.はじめおはりを残らずかたり.ゑゝふびんやな.此子が
扨.父がたくみてなすわざと.さいごまでも小ごゝろに.我をうらみてなさけなや.をとゝや母にはことばをかはし.たゞ今しするをりまでも.
父た共いはずして.むあしく成しふびんさを.いつのよにかはわするべきとくどき立てぞ.なき給ふ.いたはしや姫君は.やう/\心を取なをし.扨も
ぜひなきことゞもや.誠によのなかの.しのゑんむりやうといひながら.かゝるしには何とぞげに思ひあはすればけさにかぎりてこの
(八ウ)
子が扨.母があとをしたひしに.神ならぬ身のかなしさはさしてそれ共しらま弓.引わかれにし其時に.さらばといひし一ことば.みゝにとゞ
まりかなしやな.さぞやさいごの其時に.母をうらみんいとをしや.やれ今一ど母かといへ.何とて物をいはぬぞと.かひなきしがい
をいだきあげさすりあげりうていこがれて.なき給ふ.をとうとは何心もなく.あねがしがいに立よりていろよき花をさし出し.
なふあねさまみやげを取て参りたり.おきさせ給へとをしうごかし.なふ母さま何とてあねさまは物をの給はぬぞと.とふにつら
さのまさりぐさ.はずゑのつゆともろ共に我もきへんと、なき給ふ.とよかつかほをしぬぐひ.あゝ扨ぜひもなし今はなげきてかなはぬ
こと先々しがいをおさめんと.姫君に力を付.涙ながらにふうふの人なく/\のべへぞ「出らるゝ世のなかのつねのならひのみに
あまる.思ひといふ是やらん.ちをはしるけだ物.そらをかくるつばさまで.子をかなしまぬものはなし.にんげんのならひにて.しまの
ゑびすににたるをだに.わが子となればいとをし.まして此子はいつくし.わが子なからもをそらくと.あさ夕思ひそだてし
に.思ひもよらぬやいばにかけ.ふぼは此世にながらふる.さきだつ此子が後のよを.たすけ給へやなむほとけと.涙な
がらにながむれば.よしのゝ山に打つゝく.あべのもりやたかつきの.まつの下道かぜすごく.今はおやこのちぎりをもたへ
まときけばうらめしや.たつたの山はかぜあれて.こずゑにさらすぬの引の.たきにもまさるたつた川.もみちばながめ
かみなみの.みむろの山のゆふしぐれ花の.さかりをみわのさと.まことに此御神は.此山を七まきまとはせ給ふとや.
しるしのすぎのふたもとはいもせのなかのふたばしら.さればうたにもこひしくは.たづねてきませわがやどは三わの山
もとすぎたてるかど.くもゐのはしの中たへて.むろのいはとのあけくれとな.きわたりたるひばり山.はつせのてら
の.はつしもと.きへてはか.なき.をさな子のみのりのふねにのりてゆく.むつだのわたし打すぎて.はちすのはなのひらく
なるやへこゝのへやたふのみね.こもりかつてのみやうじんは.御子三十六人まで.もたせ給ふときくなるに.あゝあさま
しや我/\は.はらから二人の内さへも.おなじよにだにそひもせで.おやこは一せと聞なるに.又いつのよにかあふべきと.くど
(九オ)
挿絵(九ウ)
挿絵(十オ)
いつないつたまぼこのあしもたよ/\よろ/\と.ひつじのあゆみ程もなく.とを山かげのしげりあふまつのはやしに.「つき
給ふ.いたはしやとよかつは涙ながらにくわをとり.あねのしがいをはうふらんとし給へば.母はしがいにすがり付.なふわがつま今
が此世のわかれかや.今一たびすがたを見せて給はれといたき付てぞ.なき給ふ.とよかついさめてあゝみれん也とても
ながらへはつべき身か.つゐに一どはわかるゝ物をそこのき給へとつきはなし.すでにおさめんとし給ふが.さすがわかれのこと
なれば.思はずしらずうすぎぬをそつと引のけ見給へば.いたいけにうらめしげ成かほばせ也.見るにめもくれきへ/\と.なふ
是見給へ.かくいたいけ成此子をば.かゝるけうとき山なかに.すてをかんことのかなしさやと.ふうふめとめを見あはせちにひれふし
て.なき.給ふ.をとうとのとらのおはさもあいらしくこのはをあつめ.よねんなくしてあなたこなたとかけまはる.しかる所に
こくう
より山わしいたつて.とらのおをひつつかみくもゐはるかに.「とびゆけばふうふの人あはてふためき.是は/\との給ふ時.むざんやな
をさなきものなふ父うへさま母うへさまと.さうの手をあげ身をもだへ.なげくすがたを見るにつけ.ふうふはきもきへ.心きへ.やれ
てうるいとはいひながら.去とてはなさけなし.かへせ/\との給へども.其かひもなくたいほくのこずゑに上り.すでにぶくせんとする
所をとよかつきつと思ひ出しつねに入をくかゞせよりゆみとや取て打つがひよつとひいてはなせば.あやまたずわしのたゞ
なかいとをせばみどり子共にちにおつるはしりゆきて見給へば.さしもたかきこずゑより.まつさかさまにおちぬれば.何かは
もつてたまるべき.いはほにてむねを打.是もむなしく成にけり.ふうふの人あきれはて是は/\是は./\と.斗也しよじの.あはれと
聞へける.たくみも今はとほうにくれ.こしの刀をするりとぬき.すでにじがいと見へしを.母いだきとめ.なふうらめしやとよかつ殿.御
身もむなしく成給はゞ.わらはもながらへあられふか.つく/゛\ものを思ふて見給へ.我々ふうふもあひはてなばたれやの人か兄弟が
あととふらひて得さすべき.是と申も御身さま此八かねん此かた.あまたのとりの命を取給ふ.其むくひにて二人の子しよてう
のためぬ皆しゝたり.かれ是もつてあんずるに.後のよはなををそろしや.今より後はぼだいに入子共なきあと.又此身のごせをもい
(十ウ)
とひ申べし.其うへ母うへの御ゆくゑいかゞはならせ給ふらん.いかにもして今一どめぐりあひての其後はもろ共いかにも成申さん.ぜひ此たびは
思ひとゞまり給はれとひたすらなげき.とめ給ふ.とよかつ是に心付.あゝげによくいはれたり.身のかなしみにほだされて母うへの御こと
をはつたとわすれて有けるは.ずいぶん母うへの御ゆくゑを尋参らせ.子共がぼだいもとふらふべし.是ひとへに身より出せるつみ
なれば、しどうじとつくはいんぐはのだうりれきぜんたりと.こぼるゝ涙ををしのごひ.兄弟のしがいを一つ所にはうふりて.身はあだし
のゝつゆふかみ.風ふかぬまのたのみなりと.しやじのくりんをおどり出.かのきしにいたらんことをいのらんと.ふうふあいよくのきづなを.はら/\ときりすてゝ.なむゆうれいとんせうぼだいとゑかう有涙ながらにかへらるゝ.此人々の心の内.あはれ共中/\申斗はなかりけり
第四
かくて其後.としあきの北のかたたのむものにはそのべの兵内たゞ一人御供にて.たくみふうふの人々のゆくゑいかにと尋まどひ此八か
ねん此かたはすゑさだめなきたびのそら.いづくをさしてそこはかとゆきやとまらんかたもなく.玉のをのたへなんことこそうらみなれ
と.思ひつゞけていつとなく.くに/゛\さと/゛\尋れど.其ゆきがたもしらくもの.又立かへりふるさとを尋見ばやとおぼしめし.山中にわけ
入給ふ.そも此山と申はばんぼくこずゑをならべ.いはかどするづくきのねはげしくあらしこのはをちりみだし.たゞ何となく物
さう/゛\しくゆきくる人もまれ成けり.北のかたいとゞきもきへ心ぼそくたどりかねさせ給ひしを.兵内力をそへ御手をとり.やう/\
とうげをしのぎけるしかる所にいはかげを見れば物わびしげ成いほりの内に.さもいたいけ成をさなご二人すみゐたり.北の
かた御らんじて.こはふしぎやじんりんはなれし山中に.見ればをさなきもの共也.父母とてもみへわかず.たれをたよりにくらすぞや.
よしこつじきにもせよふしぎさよとて立よりて見給へば.よし有物の子共とみへ.つまはづれいとじんじやう成が.をとうとゝおぼしく
てあねがひざをまくらとし.ぜんごもしらずふして有.あねはをとゝがかみをかきなで打しほれてぞゐたりける.北のかた御らんじて.
扨ふびんなること共や.まさしく兄弟とみへたるが.いまだとしにもたらずしてをとうとをいたはることのやさしやな.是につけても
(十一オ)
みづからはたゞひとり有子にまよひ.かゝるうきめを見ることよと.よそのあはれもわが身のうへに思ひしられていとゞ涙はせきあへ
ず.やあいかにをさなき子共おことが父母なは何といふ人ぞ.いづくへばしゆき給ふぞととひ給へば.あねのふげんざうかほふりあげ.
おゝよくこそとはせ給ふよな.我々が父うへはくめ川たくみの介とよかつと申人にてさふらふ.してはゝのなはさくらのまへと申候.北の
かたをどろき.扨は汝らはとみ山長者のまご共か.扨よく御ぞんじ有物かな.御身さまはたれ人ぞ.やあ我こそはさくらのまへが母成
はまご共かといだき取給へは.なふうば君にてましますかとて.二人もろともゆんでめてに取付てしばしきへ入なく斗.兵内も
涙ををさへ.扨々ふしぎの御ゑんかな.なふわか君たち是にわたらせ給ふふば君は.皆さまゆへにいくとせかならはぬた
びをなされし也.して御父母はいづくへゆかせ給ふぞや.ふげんざう聞てされば其事父母は.あれ成山かげにおはします.我々は
しさい有て.此所にすみさふらふ.され共父母はまいにち此所へ来らせ給ふ.今日はいまだ見へさせ給はず.今にも来らせ
給ふべしまたせ給へとの給へば.北のかた涙ををさへ.扨々じやけんな物どもかな.かくいたいけ成もの共をたつぎもしらぬ山
中に.なさけなくもすてをきて何のためにかほどをへだてゝすみけるぞさだめてよわたるたつぎせんかたなさに
かくははからひをきつらん.心やすく思へよ今にもふぼがきたりなばわらはがかたへつれ行ておやこ一しよにあらすべしと.世に
なきものとはしらずして.悦びながらてを取て.ふうふの人の来るをば今や/\と「待給ふ.ゆめのよをゆめぞといふもゆめなれや.
ゆめといふべきことのはもなし.いたはしやとよかつふうふの人々は.付きよ花よとあいせし子を.つれなくさそふむじやうのかぜちり行
花ともろ共に.おなじ道にと思へ共せめては子共がぼだいをとひ.一つはちすをいのらんと思ふ心をたよりにて有時はつめに火とも
しうでがうたき.けんとうそせつのふゆのよはこほりをくだきて水ごり取.又有時はかしらにうつはものをいたゞき.あしには一はのあしだをはき.けん
ざんにさしかゝり.ふうふ打つれしやうごをならし.もろ共に.むあみだぶつな.なむあみだ.いもせの川のな.はしともなりはせて.今は
みつせをな.しでのたび.むあみだ.ふつ.な.むあみだ.なむあみだ.ふつ/\.六しんけんぞく七せのぶも.うゑんむゑんのほうかい衆生べうどうりやく.
(十一ウ)
挿絵(十二オ)
べつしてはさきたちたりし二人の子一れんたくしやう.とんせうぼだいとゑかう有又さめ/゛\と.なき給ふ.北のかたはるかに御らんじ.思はずしら
ずはしりより.なふそれなるはたくみふうふにてはなきか.なふ母うへかさくらのまへか.あらなつかしやとはしりより是は/\斗にてしばし.涙
にむせばるゝ.おつる涙の下より.たくみの介扨々久々にて御けんご成御すがたをおがみ奉るものかな.此とし月はう/゛\と尋めぐり.あまり
御ゆきがたのしれざるゆへによをはやうすぎゆかせ給ふかとあけくれなげき候に.二たび御めにかゝること是もひとへにほとけの御引あはせ
ならんと悦び涙はせきあへず.北のかたもさくらのまへも.わかれてより此かたの.とひしゆかしきことばを.思ひ出しかたり出しつきぬは今の.
涙也.やゝ有て北の御かたの給へは.なふかた/゛\はあれ兄弟のもの共を何とて此所にはすてをき給ふぞ.心得がたしと有ければ.ふうふの人されば
其こと.此八かねん御めにかゝらぬ内に.七つと五つに成子を二人持て候ひしが.かたるに付てもかなしやな.かやう/\のしだいにてあへなく
二人共にむなしく成てさふらふ也.それゆへかゝるすかたに成.子共がぼたいをとひさふらふと、かたりもあへずふうふめとめを見あはせて又さめ
/\となき給ふ.北のかた弥心得ず.なふなを/\ふしぎのことの給ふ物かな.其をさなきものはみづからが今まであのいほりにてやういくして有
しものを.とよかつきいてさればあのいほりは兄弟をはうふりたるらんたうにて御座候が.こは心得がたしといひもはてぬに.むざんやな
ふげんざうは.をとうとが手を取て.かげのごとくにあらはれ出.なふなつかしの父うへさまや.母うへさまかといふこゑを聞.ふうふの人.やれ
なつかしの兄弟かといだきつけば其まゝきへ.こはいかにとかしこをみればこゝにあり.又取つけばかしこへゆき.かげろふいなづま水の月かや.
すがたはみゆれと手にとられず.せんかたなくて人々は.なふかなしやと斗にてわつとさけばせ.給ひける.やゝ有て人々はかほふりあげ
見給へば.兄弟共にこだかき所にたゝずみて.たもとをかほにをしあてゝしほ/\としたる有さまを.見るに涙もせきあへず.さてさてつれなや
おことらは.うば君にいだかれ参らせ.かほど明くれこがるゝに.など我々にはいだかれぬぞ.あらうらめしの子共やとうらみかこちて.なき給ふ.
しはらく有てあねのふげんざうよにたへがたきこはねにて.げに御だうり也ことはり也.我々兄弟が心をも.思ひやらせ給ふべし.とび立程に思へ
ども.おやこは一せのちぎりなれば.まうしうのくもにへだてられ.思ふに其かひ候はず.なふとらのおもはや我々もめいどへかへるに.など父はゝごに
(十二ウ)
いとまごひし給はぬぞ.むざんやなをとうとはいなやみづからは.めいどへとてはかへるまし.いかに父母さま何とてをそろしき所にあねさまと
斗をかせ給ふぞ.いまより後ははゝさまと一つ所にあらせてたべとしたひよれば其まゝみやうくは道をへだて.又立よればくはゑん五たいに
やけくれば.なふかなしやともとの所に立かへり.なふあねさま父母さまの所へゆかれぬは.つれ行て給はれと.いだきついてぞなげく
にぞ.ふうふもうばももろ共に.是は何たるむくひぞとたゞひれふして.なき給ふ.しばらく有てふうふの人.やれいかに兄弟の
もの共何とてめいどへかへらんとはいふぞ.せめてのことにめいどの有さまいま少かたつて聞せよ.いたはしやふげんざう.かたるにつけてかなし
やな.しやうはしのもとゐとはいひながら.思ひもよらぬやうばのせめ.はつと思ふいきの下よりも.くらきよりくらきにいる.いとけなきみの
かなしさは.しゝたるとはしらずして.たゞすてられたると斗心得.ばうぜんとして何となくひろきのばらに立出る.いづこをそこともわ
きまへず.事とふ人もあらばこそ.うらめしき父母や.かくをそろしき.所には何とてすてさせ給ふぞとあなたこなたとかけまはり父
よ母よろさけばども.はてしもあらぬ此のべの.山ひこさへをとづれず.しかる所へ御そう一人来らせ給ひ.忝くもみづからが手を取
せ給ひ.さのみなげくなをさあいもの.汝ははやしゝて有ぞ.是はしでの道なればなげきてもしたふても此道には父母とては
なきぞとよ.今におつつけ汝がをとうととらのおが是け来るぞかし.兄弟一しよにをきてとらせんこなたへと.御ころものわきに
いざなはせ給へば.せめては此御そうをたよりにて.をとうとが来るを今や/\と待所に.しばらく有てたにぞこにをとうとがこ
ゑとして父世は葉よあねよとよばゝるこゑのきこゆれば.うれしくもかなしくも.あしのふみども覚へず.いばらからだちふみわけてたに
ぞこに尋くだれば.身はすきまなくきれそんじ.さながらちしほのごとくにて.やれとらのおかとはしりよれば.むざんやな此わか.わらはを
見付てすがり付.なふなつかしのあね君や.父うへさまや母うへは何とて我をすけをき給ふぞ.あはせてたべとなけくにぞ.其時のわらは
が心を思ひやらせ給ふべし.それさへうきにいづく共なくあまたのけてうくろがねのはしをならしあがゝねのつめをとぎたて我々兄弟を
おひまはし.汝がおや共のざいごうむくひきて汝をせむるといふもこゑはしやばにて聞しいかづちより.なををそろしく.あゝ
(十三オ)
かなしやと兄弟はこゝにたゝずみかしこのこのまににげんとすれば.あしの下よりみやうくはと成.すでにもへこがるゝ所へ.かの御そう来らせ給ひ.我々兄弟をいだき上させ給ひ.扨々ふびんのもの共や.是汝らがおや共がじやけんの心より今此せめにあふぞ
かし.じやけんな父母をこひしゆかしと思はんより.我を父とも母とも思へやと此御そうのなさけにて.せめてはつきひをおくれ
ども.日に一たびは此せめを.のがるゝことは候はず.あととふらひてたび給へ.あゝかなしやといふこゑの下よりも.みやうくはばつと
もへあがれば.兄弟のすがたは見経ず.やれいま一ことゝ尋れば.らんたうの内にこゑのする.はしりよりて見給へばむなしき
きうせき斗也.是はゆめかやうつゝかやと.せきたうにいだき付おなじ道にとなき給ふことはりせめてあはれ也.うば君申さるゝは
今はなげきてかなはぬこと.今より後は一ぜんをもなしごせぼだいこそかんようなれと.花を立かうをもり.くはんいしくどく
ふぎうお.一さいがとうよしゆじやうかいぐじやうぶつとどうをんにゑかう有.又せけんのていをあんずるに.さかり成花も風
にはもろくちさとのかげもかくやとゑいぜし月かげも.あかつきのくもにかくれいか成わうゐよのほまれ取たる人も.のこれる
ものは其なばかり.まづしきもうときもとゞまるものなし.一れんたくしやうなむあみだぶつとうちつれいほりにかへらるゝ.此
ひと/゛\の御ありさま.あはれともなッか/\申.はかりはなかりけれ
第五
かくてそのゝち.くま五郎あきたゞはたくみふうふらふぼのゆくゑしれざれば.弥しんいのやむことなく.此とし月ざい/゛\しよ/\を
尋めぐれど.其ゆきがたのしれざれば今はふるさとにかへらんことを思ひぜいしうよりもくまのぢにさしかゝり.山中ごへにほん
ごくへかへりしが.此所にて人々にゆきあひ.天のあたへとはしりより大ぜいばつとなはをかくる.其時そのべをしへだてぜんだい
みもんの大あくにんしゆじんとはいはせじと.つかみつけばひきよせて.ひざの下にどうどしき.やあぞんざいなり兵内え.日比の
手なみをしつつらん.今こそさいごぞくはんねんせよと.又引おこしたか/゛\とさし上.はるかのたにへゑいといふてなげければみぢんに
(十三ウ)
なつてぞうせにけり.おゝさも候はん此とし月国々さと/゛\を尋めぐり.あらぬほねをくだきしも.皆をのれらがなすわざ也.たくみの介めが
ゆくゑのなきはふしぎなれども.いそぎかへつてをのれらをがうもんして尋なば.などかゆくゑのしれざらん.それひつたてよわかもの共.
承り候と.二人の人をさきにたてよしのをさしてぞ「かへりけるかくとはしらで.たくみの介とよかつはようじ有て人々よりあとに
さがり.はるかへだてゝ来られしが.女のこゑにてしきりになきさけぶをと聞へける.とよかつふしぎに思ひ.こだかき所にはしりあがつて
見てあれば.ふもとのそはを母うへさくらのまへになはをかけ.ちうにとばせてひつたてゆく.なむ三ぼう.扨はあくにんめがとりこにしたると覚
たり.たとへ程はへだゝるとも.ぼつかけつかみころしてすてなん物をと.つぶやきながらあきたゞがあとをし.たふて「おつかけゆくさるほどに.
あきたゞはあしをはやめてゆく程に.むつだのわたしに付にけり.をりふしせうせんに取のり.川中までをし出せば.とよかつ大わらはになつて.
おつかけ来りみてあれば.そのあひはるかにへだゝつたり.心はやたけにはやれども.もつてのほかに水かさまさり.わたりにせんふねもなし.こは口
おしやと身をもだへ.川のかみしもはしりめぐり.さしものとよかつあきれはてとはうにくれておはします.やゝあつて大をんあげ.やあ/\其ふね
もどせ.もどさぬにおいてはめに物見せんとはつたとにらんでの給へば.あきたゞ聞もあへず.扨々命みやうがなとよかつめ.をのれ只今命
を取べき物なれど.さきがいそげば先只今は其くびをしばらくをのれにあづくるぞ.かさねて某じつけんするまでは.かならず/\そんぜぬ
やうに.よく大せつに仕れと.さもにくていにざうごんすれば.とよかつはがみしいで/\思ひしらせんと.さかまくなみまにとび入.ぬき手をきつて
せうせんめがけて「およぎけるあきたゞ是をみてやれうんがつきておよき来るは.やりよなぎなたよともだゆるひまにとよかつやがて
ふねにおよぎあがり.あきたゞとむづとくみ.とし比のにくしつらしのうらみ今こそ思ひしらすべし.あきたゞ聞てあたゝかにをのれにやみ/\とくみ
しかれんやと.せまきふねにてをしあひけるが.つゐにひつくみ川へたんぶとしづみける.時にかのせうせんと見へしも.人ふね共に水中に
しづむと思へば.とよかつがしんによの玉有し五たいにかへりしはふしき也ける「しだい也其時とよかつゆめさめて見てあれば.けさふしたり
し天わうじらいはい石にばうぜんとしてゐたりけり.是は扨さてはゆめにて有けるよな.扨々きたいの事共かな.是は又有べきこと共思はれず.
(十四オ)
挿絵(十四ウ)
ごとくめぐませ給ふ.御ひかり有かたかりけるしだい也.時にとよかつせんにんにとひ奉るは.日りんいらせ給ふ時はごくらくのとう
もんひらけ.三ぞんの御らいかうをおがみ奉るよし承るが.我あくごうのふかきゆへにやいまだそんようをおがまず.此義はいかゞと
尋ければ.せんにん聞給ひほんしんだに誠あらばなどかおがまで有べき.よくくはんねんし給へ.其時とよかつまなこをふさぎ.みだうのかたを
ふしおがみ.ふかくくはんねんし奉り.ふりあふのきて見てあれば.ふしぎやうんしやうにむちうにみへし人々.こつぜんとあらはれ給ふ.せんにん
いかにとよかつあのくもの内は何とか見給ひたるぞ.とよかつ承りさん候.只今ゆめの内にあひ奉る人々と見うけ候と申
せば.せんにん聞召れ.こともをろかや是はこれ汝がつねんいあゆみをはこぶ卅三しよのくはんぜんをん.汝を誠の道にいれしめんため.三十三
じんに御身をへんじ.ゆめの内にげんじ給ふと.の給ふ御こゑの下よりも.たちまち卅三しよかんぜをんとおがまれさせ給ふ有がた
かりけるしだい也.とよかつかさねてかやうにもうせばりんゑふかきことに候へども.ゆめにちぎりしさいしのすがたは見へさふらはず.あ
はれほとけの御はうべんにて今一たびあはせて給はり候へとなみたながらに申さるゝ.時にふしぎやそばに有しひがんざくらふげん
ざうとらのお.こずゑをわけてむちうのすがたあり/\と見へければ.とよかつゆめ共わきまへず.あゝなつかしのさくのまへ.扨
もゆめしの兄弟やとしばしきへ入.なきゐたり.時にさくらのまへいかにとよかつ殿.さいぜん御身こゝにやすみ給ふ時.此花に心を
うつし.たれとてもおなじかりねのやどあれて.ながむる花やあるじなるらんとゑいじ給ひし.其ことのはにひかされて.ひじやうの
やうぜいかりにあらはれ.むちうにまみへまいらせたり.たゞいませんにんの御けうけにより.うしやうひじやうしつかい
じやうぶつうたがひなし.これ見給へとの給ふこゑの下よりも.たちまちぶつたいと成.ひかりをはなつて三ぞん共に.にしのそら
にとび給ふ.有がたし/\.ぶつほうはんじやうみよはんじやう.めでたかりともなか/\申.はかりはなかりけり
二条通寺待西へ入北側
川弥
山本九兵衛板
(十五オ)


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