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石ばし山

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三日目
石ばし山
初段
さても其後つら/\せけんをくはんずるにしんちうをつくすときんば君是をすくふにしやうを
もつてし。しんふちうなるときんば君是をむくふにばつをもつてす。しやうばつくわふくはおのれが
身にありこゝにほんてう八十代高くらのゐんのぢてんいづの国ほうでうの四郎時正と聞へしはくわんむ
天わうのながれかつらはらのべうゑいにてるいたいぶゆうのほまれありしかるに時正子共あまたもち
給ふちやくしほう条の三郎むね時二なん小四郎よし時女子にはあさひのまへとてようがんことに
うるはしくそとおりひめのなかれをくみ小町がすさみしふでの跡御心にかけ給へばそのなさけ
を聞およぶ人ことに心をかけぬはなかりけり。しかれ共いかなるぜんぜのしゆくゑんにかちづかにくめるにし
木々のたゞいたつらにくちはてゝ生ねん廿一才迄むなしく月日をおくらるゝ此兄弟はせんふくにて
ちぶさの母におくれさせ給ひけり扨たうふくはまんよのひめとて十九さい父母のてうあいあさか
らす時正くわほう。日にそひてあかしくらさせ給ひけり有時十九の姫君廿一のあね君に近付
水から過し夜ふしぎのゆめを見て候がきつけういかゞ候らんあわせてたべとそ仰けるあね君は聞し
召それはいか様のゆめやらんかたり給へと仰ける。十九の君さん候水からたかきみねにのぼり候が月日を
さうのたもとに入たち花の三つなりたるゑだをかざすと思へばゆめはさめて候也おのこの身にさへ月
日を取事かなふましましてや女の身にて思ひもよらぬ次第也あね上様とそ仰ける朝日のまへ聞召
心に思召けるは是はめでたきゆめ也我等がせんぞは今にくわんおんをしんし申せば日月を左右のたもとに
(一オ)
挿絵(一ウ)
挿絵(二オ)
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いへる大しんいこくへもとめにまいるとてさ月にはかならずきてう申さんとちよくやく申。程なくたち花を
もとめきてうするきさき悦び聞召わうじたん生めでたふして百廿年の御くらいをたもちけい
かう天王とそ申けるさればさる丸太夫が哥にさ月まつ花たちはなとさゝせしも此こじ也しよせんこの
夢をいひおとしてかいとらばやと思召あらあさましや此ゆめはあしき夢にて候ぞや御身の上にいかなる
事か出きなん其上よきゆめを見ては三とせかたらす。あしきゆめをみては七日の内にかたりぬれはか
ならす其身にわざはひ有つゝしみ給へと仰ける十九の君いつはりとは思ひよらずこはうらめしや水からは
いかゞなり申さんと只さめ/\とぞなき給ふあさ日のまへ御らんししすましたりと思召か様なるあしきゆ
めをはてんじかへ候へば其身になんは候はずまんよの姫聞召てんずるとはいかゞせんあさひ聞召うりかふと申
せばのがるゝ也わらはかい取御身のなんをのぞくへし心やすくおもはれよまんよの姫それはさもこそ候はめ
去ながらわが身の事はぜひもなし御ためあしくはいかゞせんいやとようりかふとはてんするにてうるものもかふ
ものもくるしからすと仰けるまんよ悦びさあらばうりわたし候との給へはあさひの前たしかにかい取候也あ
たいをまいらせんと。家につたはるからのかゝみにこそでをそへて出さるゝまんよなのめならす思召夢のなん
をのがるゝのみならずなひ/\ほししと思ふ此かゞみゑたる事のうれしさよとの給へは朝日の前はしすまし
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(二ウ)
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ながにわたさるゝもりなが御ふみ給はり御前を罷立つく/\ものをあんするに十九の君は殊の外のあく
女也わか君聞召とげん事かたしさあらばけつくほうでうにさへ御中たがはせ給ふべし廿一の御方へ取かへばやと
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(三オ)
挿絵(三ウ)
挿絵(四オ)
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二たんめ
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(四ウ)
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(五オ)
挿絵(五ウ)
挿絵(六オ)
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(六ウ)
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(七オ)
挿絵(七ウ)
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(八ウ)
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ずみを先としてつかう其せい三千よきとぞしるしけるいなげの三郎すゝみ出けふは日くれぬかせんは明日たる
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をぞ上にける城の内にも三百よき同時をぞ合ける時の声もしつまれは大ばの三郎一ぢんに駒かけ出しあ
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しんかたをならふる人もなく大じやう大しんへ上りしそんけんくわんけんしよく一天四かいこと/゛\く是をあふぎ奉るとう
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(九オ)
挿絵(九ウ)
挿絵(十オ)
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六そん王より七代の御すへ八まん殿四代の御まごさきのひやうへの介よりとも公いんぜんをかうむり給ひ平け
ついとうの御門出に馬の上にて名のる様ぶれいとやいふべき御せんぞ八まん殿あべのさたとう宗とうを打給い
しより此かたとう国のもの共おのれかせんぞに至迄たれか君の御け人ならぬものや有いかに/\と申けり大は
重て申様いかに時正八まん殿後三年のたゝかいにせんぼくかなざわの城にて十六さいと名のつてゆんでのまな
こをいさせとうの矢をいあふせ名を一天にのこしたるかまくらのごん五郎かげ正が四代のまご大ばの三郎かげち
か今日の大将にて汝らごときの侍をばものゝかずとは思わぬ也甲をぬいでかうさんせよいかに/\と申けり時正
重ていかにかげちかおのれもせんぞはよつく覚へたりそのかげ正が主君はたれ人にてましますぞ大ば聞てせんぞ
は主君今はいま平けの御おんかうふればよになきしうは何かせんとたかいにあらそいもんだうす大ばかいとこ
におぎの十郎よしなきかけちかのもんだうかなそこのき給へといふまゝに一ぢんにすゝみ出せんない言たゝかいかな
いかに時正才かくまはつて物をは左様に申共かげ宗に向てたち打のせうぶはかなふましかく云所ほうじやくぶじんと思
ひなはちかふよりてせうぶをせよいかに/\と申けり時正がちやくし三郎宗時父をおしのけいかにかげ村我こそ時正がち
やくし宗時也そこを引なと云まゝに太刀まつかふにさしかざしおもてもふらず打てかゝるかけ村心へたりと云まゝに以
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村二つに成てうせにけり大ばかてぜい是をみてあゝ切たり宗時そこを引なと云まゝに五十斗かけ合火水
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かけんためずいふんうかゝい候へ共たひ/\打もらし力及はず是迄まいり候也ものゝかずには候はね共某が一めいをは
君にさゝけ候とつつしんで申上るすけ殿聞召扨は介経にて有けるか汝が心もさぞ有らん御ぶん心を以て
頼朝が所存をさつすへし向後忠をつくすべし我本望とぐる物ならば本領はしさいなしとそ仰ける介つね
有かたし/\といよ/\を忠をつくしけりかゝる所に又大ぜいおしよせたりよりとも御らんしそれふせけ畏て候と佐々木
介経おの/\一度に切て出東西へばつとおつちらし城の内へ引たりけり此人々のてからの程あつはれゆゝしき
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城の内にはぶせいと云つかれと云かなふべきとは見へさりけりこゝにおかざきの四郎よしざねがちやくしさなだの与一よ
しさだはいれいにおかされかぎりのゆかにふしけるが時の声を力としかつはとおき今はよし定さいこ也とかたはら
につつと入あをぢのにしきのひたゝれにあかいとおとしのよろいにすそかな物うつたるをわたがみつかんでざつく
ときゆつて上おびてうどしめ同けの五まいかぶとに五尺余の大たちはき門外にはしり出大おん上て
なのりけりひごろはおとにも聞けん今はよつてまなこに見よみうらの大介吉明がしやてい岡ざきの四郎
よしざねがちやくしさなたの与一よし定也此程いれいにおかされ力はかつてあらね共我と思はん物あらはくめや/\
とよばわつたり大ばいとうか是を聞さなたは聞ゆる大力病きと云共よのつねにては有ましき大ぜいよつて
打とれと云けれは心へたりといふまゝに又のゝ五郎かげ久ながをのしん五しん六をさきとして七十三ぎ吉定一人めにかけ
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ら王天ま鬼神のふるまいも是にはいかでまさるへき景久かなはしとや思ひけん取てかへしにけけるをいつく迄かに
かさんと大てをひろげおつかくるゆんではうみめては山くらさはくらし雨はふるそはのほそ道おつかくるすでにかうとみへしと
きおかへのや二郎取てかへす所を吉定又のと思ひ甲をつかんで取てふせおさへて首をかきおとしくもすき
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くらし上や敵下や敵とといけれは吉定聞て扨は敵と思ひ上こそ又のよあやまちすなと云けれは又の下にて上こ
そ与一かげ久下にしかれたりあやまちすなと申けりくらさはくらし何れをそれと聞はけす又のたへかねふかく也新五ち
かくへよつてよろいをさぐれと申けりながをげにもと立よる所をよし定こはかなはしと右の足にてむないたをとうどふ
むふまれて四五間とゞろはしつてのつけにたをれついにむなしく成にけり弟の薪六おちあいて与一が首水も
たまらず打おとすまんする年は廿五おしまぬ者はなかりけり又のやがておき上り与一が首きつさきにつらぬき
さなだの与一吉定をばかけ久くびを取たりとたからかによばはれば岡ざきはやく聞付君の御前にまいり吉定こそ
打死仕候と申もはてず泪をはら/\とながしけりよ頼朝聞召あらふひんや汝が心さぞあらん其上み方ふせいな
れはいかに思ふとかなふまし一先おちんと思ふ也方/\いかにと仰ける此ぎ尤然るへしとすき山を心かけ我も/\とおちらるゝ
大ばの三郎さゝきの五郎一てに成ておつかくる既にまちかく成しかは佐々木四郎高綱うしろへきつとふり帰弟の五郎
に向てやあ五郎慥に聞父ひでよしは六条の判官殿にふしのけいやく仕りしより此かた御しそんの今に至迄頼たの
まれ奉り兄弟四人有中に汝一人大ばかしりまいめつらし人でにはかくましきちかふよつてせうふせよいかに/\
と云けれはよし定めんほくなくや思ひけん駒のたつなを引かへす高綱すゝむに及はす君の御供仕る大ばの三郎す
きをあらせすおつかくる高綱こはかなはしと思ひそれかし君のせいめい給はつて是にとゞまり御ふせぎや仕らん君は人々
を御供にて杉山にふかくしのばせ給ふへしはやとく/\とぞ申けるよりとも聞召さあらば汝かいさめにまかせんと人々打
(十二オ)
挿絵(十二ウ)
挿絵(十三オ)
つれ杉山さして入給ふ高つな一人坂中にとゞまって大おん上てなのりけりせいわ天王のかういん兵衛の介よりともこ
れに有ばんどうのやつはらいつれかけ人ならずや天はついかてのかるへきいかに/\とよばはつたり大ばが三千よきくらさは
くらし道はせばし高綱一人にさゝへられ一き打にぞかゝりける高つなもとより大力大たちをさしかざし向ものまつかう
立はり車切さん/\に切てすて大ぜいを谷ぞこへおつくだしすけ殿はるかにのびさせ給ひけん今は心やすしとて君の
御跡たつねつゝすぎ山さして入にけりかの佐々木の四郎高つなをあつはれゆゝしき侍とてみなほめぬものこ
そなかりけり
五たんめ
▲其後石ばし山のかせんやぶれしかばくらさはくらし打のこされし人々みなちり/\におちにけりすけ殿はたしろの
くわんじやのふつなといの二郎さねひらちやくしや太郎とをひらしんかいの二郎たゝうぢつちやの三郎むねとを
おかさきの四郎吉ざね藤五郎もりながい上七人御供にてすぎ山をかきわけ/\とびのいわやにおり給ひ
かなたこなたを見給へは七八人ほど入ぬへき大き成ふし木のうろ有是こそくつきやうの所なれしはらく此うちに
しのばはやとしう/゛\七人ふし木のうろに入給ひしはらくいきをぞつき給ふもり長申けるは御せんぞいよの守ど
のあべの定とう宗とう御たいぢの御時一度くわんぐんうちまけわづか七きになつて山中にかくれ給ひしがいく
程なくてげきしんほろび四かいをなびかし給ひけり今日の御有様ひとへにむかしに事ならず吉れいなりとぞ
申けるすけ殿聞召げに/\左様にきゝしぞといよ/\八まん大ほさつにふかくきせいをかけ給ふかゝる所に大はの三郎
かげちかかぢはら平ら三かげ時そがの太郎すけのぶ三千よきにて木のかげかやの中迄くもりなくぞさがしけるかげ
ちかふし木の上にのぼり正しくすけ殿はこゝまでおわしけると覚へしが見へ給はぬこそふしぎなれうつほの内をさが
して見よとそ申けるかげ時すけのぶ心へたりといふまゝに太刀にてをかけふし木の中につつと入すけ殿と二人
(十三ウ)
のものめと/\きつと見合たがいにあきれて立たりけりよりともじがいせばやと思召たちにてをかけ
給へは両人おさへ奉りかげ時もすけのぶもあまりに御いたはしく存るしばらく御待候へし御うんをひらかせ給はゝ今の
ちうかうわすれさせ給ふなと申もはてぬにくものいとかなたこなたに引ければ二人の者其いとをかぶとのは
ちに引かけさらぬていにて立出両人ふし木の口に立ふさがり此うちにはかうもりおゝくとびさはぎしさいな
しと申けり大ば聞ていや/\とかく此ふし木のそこふしん也今度は我入てさがさんといふまゝにふし木の上より
とんでおりすでにいらんとしたりけり両人おさへいかにかげちか当ぢは平けの御代なれはたれか源氏の大将打
取てくんかうにあつからんと思わぬ者候へき又我等両人御ぶんにおとりふし木の内いかて見のこし申べきしよせん
われ/\二人をはふた心と思ふかや此あなに人あらばか様にかぶとのはちにくものいとかゝるべきか程に思ひけがされはい
きては何のゑきあらんさしちかへんと云もはてぬにふし木の内より山ばと二つはゞたきしてぞとびにける両人いよ/\力
をゑいかに大ばすけ殿ましまさば此はといかに有へきぞおろか成かげちかといきおいかゝつて申けるかゝる所に
にはかに天かきくもりらいてんいなつましきりにて大雨しやぢくをなかしけり大ば力およはすさあらは天はれた
らばさかさんとおの/\かしこに立のきけり扨よりともは夢のさめたる心ちしておの/\うろを出給ひひと
ゑに八まんの御たすけ也とこくうを三度ふしおがみそれよりぢぞうだうにてうき大なんをなされつゝまなづる
さしてぞ下らるゝはまぢになれはさねひらかけまはりこけんぎやうと云あま人の舟をかり人々をのせ申あわ
の国を心さしなみぢはるかにこぎ出すかゝる所にみうら一もんわだのよしもり二百よきこそ御身方に参ら
るゝすけ殿なのめに思召よしもりに御たいめん有て石ばしにてのうき事をかたり給へは吉もりもきぬがさ
にて大介が事申上たかいの泪せきあへすよしもりなみやをとゞめ我も人もいくさに出て打死するはならいなり
(十四オ)
挿絵(十四ウ)
挿絵(十五オ)
君の御命さへ候へは是にすきたる悦びなし軅て御うんひらかせ給ひわれも人もしよりやうを給はりゑいぐわ
にほこらん事ちかかるへしとたかいにいさみ程なくあはのくにゝつかせ給へはちばの介つねたね三千よきにて御
むかいにまいり君の御供仕りそれよりしもおさの国にうちこへ給へはかつさの介ひろつね一まんよきにて御みか
たにまいらるゝその外近国の兵まねかざるに我も/\とまいりすけ殿の御せい程なく十万よきに成
給ふきのふにかはりし御いせひよりともの御くわほう何にたとへんかたもなし
六たんめ
其後ひやうへのすけよりともは十万よきの御せいにてむさしの国へうちこへてしまのこほり松ばしといふ所
にしはらく御ぢんをめされけるかゝる所にはたけ山次郎しげたゝ白はたをさゝせ五百よきにてまいらるゝせう
年十七才ようぎこつがら人にこへ一方の大将くんと見へにけりよりとも御らんし重たゝがかうさん心へすちゝの庄司
おちの有しげ平けにほうこうして都に有なかんづくこつほ坂にてみうらとかせんしその上しらはたしらしるしをさ
す事まつたくよりともにおとるましきと思ふしよそんかた/\もつてふしん也いかに/\と仰けるしげたゝ承りこつぼざ
かにてかせんのでう三うらにたいしわたくしのしゆくいもなく君の御ためいさゝかふちうも候はずかやう/\の次第に
てふりよにかせんにおよび候ぜひにおよばぬ所也此だんみうらの人々に御たつね候べし又はたの事わたくしのけつこ
うにあらず君の御せんぞ八まん殿たけひらいゑひら御たいぢの御時重たゝが四代のおうぢちゝぶの十郎
たけつな此はたを給はりせんぢんを仰付られあふしうほどなく御てに入ちかくは御しやきやうあく源太殿
大くらのたちにてたごのせんじやうどのをせめ給ひしとき父のせうじ此はたをさゝせせんぢんを仕りせめおとし候
ひしよりげんしの御ためには御いわいのはた也とて吉れいとなつけ代々そうでん仕候也されは君御よをしろしめさる
(十五ウ)
へき御いくさにて候ゆへせんぞ代々のきちれいをさしてさん上仕り候とつつしんでこん上すよりとも
どいちばをめして此事いかゝあらんと仰ける両人承りしけたゞが申所いち/\そのいわれ候へはけふかう御たのみ
あらんに一ほうの大将をも承るへきものにて候也かれを御かんどう候はゝむさしさかみのもの共とうじはたけ
山だにつみせられ候とて御身かたにまいり候ましたゝ/\御めん候てめしおかれ候へしと申さるゝよりともげにも
と思召さあらばよりともが日本をしづむる程はなんしせんぢんをつとむべし去ながらなんぢかはたよりとも
がはたにひとしけれは是をしるしにおせといぇあいかわ一もんしを給はりけりしげたゞかしこまつて軅てはたのし
るしにしたりけり此ときよりはたけ山がはたにはこもんあいかわをおされけりすなはちせんぢん仕り平けの大
ぜいするがの国までむかふよしを聞召いそきはこねをこへんとてよを日についてぞいそがるゝうきしま
がはらに御ちんをめさるゝ所に向を見ればたれとはしらす白はたをさしあけ五十きばかりひかへたりよりとも
御らんしほりのや太郎をめされいかなるものぞたづねてまいれや太郎畏て御前を罷立ちか/\とこまか
けよせそれに御ぢんをめされたるはいかなる人にてましますぞ御みやうじを承はれとてらいてうの御つかひに
ほりのや太郎罷むかつて候いかに/\と申けるその時大将とおぼしくてはたちはかりのおとこにしきのひ
たゝれをちやくし一ぢんにすゝみ出是はよしとものすへの子におさなき時はうし若と申者あふしうに
くだり今は九郎よしつねとかうしすけ殿いんぜんをかうふらせ給ひ御むほんのよし承り夜を日についで
はせさんし候也此むねひろう有て給はるへしとぞ仰けるや太郎いそき馬よりとんでおりさては御兄弟にて
ましますかとてすなはち御供仕りすけ殿の御前にまいりかやう/\と申けるよりともなのめならす思
召それこなたヘ/\と急き立より給ひ何共ものはの給はでたがいにそれかと斗にてなみたにくれさせ給ひけり
(十六オ)
やゝ有てすけ殿げにま事よりとも十三にてちゝよしともにおくれし時おこと二才にまし/\けん我ちよ
つかんの身なれはたづぬる事も候はずいんぜんを給はつて此ころはいくさのいとなみに取まきれ思ひよらす候
所に聞あへす来り給ふ事是に過たる悦びなしひとへに父よしとものよみかへらせ給ふかと仰もはてず御そ
でをおしあて給へはよしつねもぜんこもしらずなき給ふ大名小名みな/\そてをぞぬらしけるかゝる所に大ばの三
郎をはかづさの八郎生取いとう入道をば佐々木の四郎いけ取両人共に高てこてにいましめ御前に引出す
よりとも御らんしかれら二人の者共をは廿日に二十のつめをかき其後のこ切引にもせまほしく思へ共一もんの
その内に忠のものおゝけれはその者にめんしせつふくせさする所也それ/\大ばはごんの守はからふへしすけちかはむこな
ればみうらの吉ずみはからふべしとの御でうにていばくの内にいらせ給へは両人畏て御前を罷立郎等共に申つけやが
て腹をぞきらせけるいとう大ばがさいこのていゐんぐわはこうこそめぐるとてにくまぬものこそなかりけれさ去
程に平けはふぢ川迄よせたるが鳥のはをとにおどろきみなちり/\ににげのぼりしかばらいてうなのめに思召
それより御しやてい二人かばの御ざうしのりより九郎よしつねを代官にて平けのうつてにさしのぼせよりともか
まくら入こそめでたけれかまくらになりしかはみな/\所領を給はり御前を立給ふ中にもくどう介つねを召れさへ
もんのぜうになされほんりやうあんどを給はりけり有がたし/\と三どいたゞき御まへを立にけりよりともは日
ほん国を思ひのまゝに打したがへせいゐ将ぐんのぶしやうにそなはり給ひけりよりともの御くわほうきせん上
下をしなへてみなかんぜぬものこそなかりけれ
右此本者太夫直正本也
通塩町
かぎや新開板
(十六ウ)


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