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釼さんだん

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校正

翻刻にあたり、横山重校訂『古浄瑠璃正本集 第二』(角川書店、1964)所収の横山重氏蔵本(底本と同一、以下【古】)本文と比較対照した。
(五ウ・1行目)【底】@@—【古】@@

翻刻

剱さんだん
初段
扨も其後しやらそうじゆの花のいろしやうしやひつすいのことはりをあらはしひくは
らくやうの風のおとにはせうじのゆめをおどろかす爰に本てう八十二せごとばの
いんのちてんいづの国のちう人くどうさへもんのぜうすけつねはさんぬるにん平三年に九つ
にてちゝにおくれおぢいとうの入道すけちかにしよりやうをうばはれしがどもう大将
よりともの御代に至て本りやうあんとを給はりせんぞのあとにぢうきよをかまへ
ゑいぐわにさかへ給ひけるちやくしいぬぼうとて九つぶものてうあいあさからすあるとき
すけつね家の子らうどうめしあつめいかになんじらとう代ばんどうにおいてをや我
にましたるくはほうのものはよもあらしそれをいかにと申にじやく年にてちゝにおくれ
みなし子となりすけちかにしよりやうとらるゝのみならす身のおき所あらすしてひたん
のうれへにしづむといへ共天とうすてされ給はぬゆへすけちかゞちやくしかはづの三郎をはあふ
みやわたに申つけてうち取ぬさてすけちかはとう君の御てきとてちうせられぬ今は
はや心にかゝる事はなしかた/\いかにと申けりらうどう共承り仰尤に候へ共爰にかはづ殿
のしそくあに一まんはまゝちゝすけのぶがみやうしをつぎそがの十郎すけなりとかうし
おとゝのはこわうははこねへのほり候へ共しゞうほうしになるましきもいさしらすとそ
(一オ)
申けるすけつね聞てあふ其もの共は一とせそれがし申上きやつばらがすでにちうせ
られんとせし所にはたけ山いわれぬそせうを申命は御めん有つれ共きやつばらがちから
にて此すけつねをねらはん事とうらうくるまをさへぎりせいゑいうみをうめんとするに
ことならすさはいゝながらきやつばらが我をねらうと見るならはさかうちにうつてすてん事
なんのしさいか有るべき心つくしにいはれぬきづかいむやく也とれんちうふかく入けるはゆくすへいかゝと
おほへたり是は扨置はこねにましますはこわうはうき年月のかさなりて十七才になり給ふあ
る時べつとうははこわうを近付いかにはこわう御身すでに十七才都へ上りしゆかいをとげ給わん
事本いなれ共すれは大ゑいかなふまし明日かみをおろし其後上らくし給ふべしいかに/\と仰けるはこ
わう心にうけす思へ共いなといふべきやうもなくともかくも御はからいと申さるゝべつとうよろ
こひさあらはようい申さんとしゆと中にあいにふれしゆつけのいとなみせられける扨はこわうはつく
/\ものをあんするにほうしになりてはかたきをうたんもかなふまししよせん此事あにすけなり
にだんこうしおとこになりてもろ共に本もふをとげんと思ひつゝどう三郎一人めしくしひそかに山
をしのび出そがのさとへそ下らるゝそがにもなれは十郎殿をよび出しかやう/\の次第にて是迄
参り候也いつそやよりともはこねもうでの御時すけつねを一め見しより此かた一日へんしもわ
するゝひまも候はすたとへほうしになりたり共此ねんはよもはれしさりながらともかくも
御はからいにまかすべしかたきの事を思ひすてさせ給ひなばなまなかおとこになりてなにか
(一ウ)
せん身をすみそめにやつしつゝづだこつじきの身となりてちゝのほだいとむらふべしとかくはぜ
ひの御へんしはやとく/\とそ申けるすけなり聞てそれがしか心をみんとての給ふかやなんの
しあんか候べきおとこになしてもろ共にかたきをうたんと思ふ也といゝけれははこわうよろこび
さりなから母上の御心にそむき申さん事いかゝせんとそ申ける十郎聞てそれはすけなりにまか
すべし申ゆるしてゑさすべしさあらはいづのほうてうをゑほしおやにたのむべしいざこなたへといふ
まゝにおにはうどう三郎めしくし時正のやかたをさしてそいそきけるやかたになればあんないこう
てたいめんしすけなりしやく取なをしおとゝにて候はこわう母がはこねへのほせほうしになさんと仕
候へ共がくもんのみやうじをだにもきゝ入すあまつさへしゝ鳥くはでかなはしと申けんごのいたつらもの
をばおやにかへし候とてししやうよりおいくださるゝおりをゑておとこにならんと申候間ともかくも御前
にてと存めしつれ参り候とつつしんでの給へは時正聞給ひかた/\の御事見はなし申べきに候はす
たしよにてかくも候はゝいさゝかほんいに候ましよくこそ来り給ふなれさあらばげんふくせさせ申さん
とかみ取あけゑほしをきせ時正の時をゆづりすけ五郎時むねとなのらせかげなる馬にしろくら
おかせくろいとのはらへまきそへてそひかれけるすけなりも時むねも有かたし/\と三どいたゝき
かさねてしかう申さんとたかひにしきだいことおはりそがのさとへそかへらるゝやかたになれば時宗
をはちうもんにのこしつゝすけなり一人母の御前に出らるゝ母上はかゝる事とはしらせ給はすはこわう
ほうしになりて来るそと思召いかにすけなりはこわうはほうしになりてくたるときくちこにて
(二オ)
挿絵(二ウ)
挿絵(三オ)
ありし時いかにわろくやはんべらんこれへ/\と仰けるすけなりはつとばかりにてせいめんしてそおはし
ます母はたへかねいかにはこわうこなたへとてあいのせうしをさつとあけて見給へはおとこになりてそ
いたりける母上はつと思ひ二め共見給はすやかてせうしをはたとたてくどき事こそあはれなれ
何とておとこになりけるそや十郎が有様をうらやましくも思ふかや一人もちたる下人だに身の
ひんなれは四きおり/\のふちをもせすよにあさましき其ふぜい見るにつけてもあぢきなく
よに有人の子共を見るたびにそのいにしへのおもはれてなみだのかはくひまもなしほうしに
なれば上らう下らうもへたてなくちしきになればごせをたすかるのみならす一さいしゆでう
にうやまはれ何にふそくの有べきそや其上一子しゆつけすれはきうそく天にせうすときく
かはづ殿ほどつみふかき人はなしおんぼうといへる子はゑちごのくがみにせんじほうとてほうしに
なりて有なれといまだ見もせぬちゝはゝを何とてゑかう申べき是こそちゝのほだいをとふらひ
母が後のよもたのもしく思ひしにいか成いんぐわのむくいそとこゑをあけてそなき給ふすけなりは
かうべをちにつけ時むねはせうしをへたてなくより外の事はなし母上なみだをおしとゝめ今よりのちは
母もちたると思ふましわらはも子とさらに思はぬ也いづくへもまどいゆけしはしもそれにかなふ
まじかんどう也との給ひてれんちうふかく入給ふむざんなるかな時むねはあにゝちかつきしゝ給へる
ちゝのかたきをうたんとぞんすればいきてまします母のふけうをかうふる事一かたならす候へはしよ
せんとんせい仕りいづくへもまよいゆき申さんとこしのかたなにてをかくれはすけなりおさへふか
(三ウ)
く也時むねきのふおとこになつてけふ又入道する事はたとへ人こそしらす共はうそうとのゝ
御前いきたるかいはよもあらし母上の御前はゆく/\もつてなをすべしいつかたへもうちこへて心を
はらさん時むねとうちつれやかたを出ける兄弟の心の内かんせぬものこそなかりけれ
二段目
其後其比右大将よりともは四かいこと/\おさまりふる雨つちくれをうごかさすふく
風ゑだをならさぬ御よとなればちうやのゆうらんに月日をわすれさせ給ひけりある時
御前にはかちはら平三かけ時をめされいかにかけ時此たびするがの国ふじのをからせてみんと
思ふ也さりなからゑんごくのもの共はめすにおよはす近国のさぶらひ共ない/\よういすべき也にち
げんかさねてさたむへしかちはらかしこまつて御前を罷立近国にあいふれて其いとなみとそ
聞へける是は扨置そかの五郎時むねは此由をきくよりもあにすけなりに近付承ればかまくら
殿ちかきほとにふじのみかり有へきよし承はつて候也われ/\もしのびて御供仕らんそれかし母
のかんとうかうふり此年月心をつくし候事ちゝのかたきをうたんためさりなからひまをうかゝ
ひ候ゆへいまゝで本もふとけざらめ時むねにおいては一すじに思ひきりめぐりあはんをさいわいに
御前をもおそるまし御やかたをもはゞからしよる共いへひるともいへとをくはいおとしちかくは
ひつくんでせうぶをせん身を有ものになさばこそひまをもうかゝひ所もきらい申べきしそん
する物ならば一ねんのあつきとなつて命をとらぬ事あらしなましいなる命なからへてあけ
(四オ)
くれ思ふも口おしゝ此たびふじのすそのこそわれ/\がさいご所と思ひきつて候也十郎殿といゝけれ
ばすけなりきいてあふよくこそ申せ時むね我もさやうに思ふ也くわほういみしきすけつねなれば
つるゝ時は五十き百きつれざる時も廿き三十き扨われ/\はつるゝ時は兄弟二人つれさる時はたゝ一人かゝる
つたなき身をもちてよのつねにてはかなふまししよせんふじのすそのこそ我らかばね所なれいざ
やこんじやうのなごりにひころむつびし人々によそながらのいとまこひをすべき也其上御ぶんも
かねてしることくかたきをねらはん中やとり道のたよりと思ひつゝ大いそのとらに三とせちぎり
をこめぬればしさいをこそはつゝむ共さいごのなごりむなしくではながきうらみもさすが也
一へんのゑこうをもうくるためそといゝければ時むね聞て仰尤也それかしもそんしのものゝ候へは明日
御めにかゝらんとかしこへゆけはすけなりはあみがさまぶかにひつかうでおにわうどう三郎をうち
つれ大いそさしてそいそかるゝかゝる所にかたきすけつね五十きばかり引くしかまくらよりいづの
国にかへりしがみちにてはたとゆきあふたりすけなりはつと思ひあつはれ五郎もろ共有ならばいか
にもならんと思へ共我一人しそんして時むねにうらみられてはせんなしとかさをかたふけとをらるゝ
すけつねもうしろへきつとふりかへりらうとう共を近付いかになんじらたゝ今とをるは正しく
そがの十郎也かさのうちのまなこざしいか様我に心有さだめてみうらの方へそゆきぬらんなんしら
是にまちうけてうち取べしと申付廿き斗のこしおきいづの国へそとをりけりらうとう
共かしこまつて候とこいそのへんに立しのびすけなりかへるさをいまや/\とまちにけり
(四ウ)
是はしらですけなりは大いそよりとらをともないそがをさしてかへらるゝすけつねがらうとう
共すはやこれそと見るよりも時のこゑをそ上にけりすけなり心に思ふやう是はいか様わだ
がらうとうなるべきが此ほと大いそにてのさかづきのいこんはれずしてゆふくんうははん其ため
にまちふせしたるとおほへたりゆふくんをははれてはまつ代までのちしよく也とらをおとし其後は
何共ちんじてとをらはやと思ひおにわう一人さしそへあぜのほそみちつたはせてとらをそがへ
おとしつゝ十郎一人すゝ出それにまちぶせしたる人々はいか成人にて候そすけなりにいしゆ有
ものはおほへなしいかに/\と申さるゝ其時一人すゝみ出おろかなるといやうかな只今是にまち
ふせしたるつわものはくとうさへもんすけつねがらうどう也まことや御へんはわがしうのすけつねをおや
のかたきとの給ひてねらい給ふときくからにしさいをたつねん其ために是にまちかけ候也あやま
りなくはかうさんせよ命ばかりはたすくへしいかに/\と申けりすけなりはつと思ひさてはうん
きはめ也何とちんすとかなふましとてものかれぬ命そと思ひさためさては一けてらうとうこさん
なれかたきかかたきにあらさるかぢき/\に申へしなんじらにむかつてもんとうはむやく也とそ申さるゝ
すけつねからうとう共につくい御ふんのことばかなそれうちとれといふまゝ大ぜいとつとかゝりけり
おりふしそかの太郎がわかとう共かまくらよりかへりしが此由をみるよりもやれ十郎殿にてまします
そそれあますなといふまゝに一どにどつとかけ合こゝをせんとそたゝかいけるすけつねが
らうとう共かなわしと思ひつゝあとをも見すしてにけたりけりすけのぶかわかとうあま
(五オ)
さじとおつかけしをすけなりおさへながおいはむやく也いざやかへらん人々とかち時とつ@@
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三段目
其後すけなりはとらをうちつれそかのさとに立かへりこよひばかりのなごりそと思へはわか
れのかなしさにちよを一よにかさねてもあけされかしと思へ共ころしもさ月のみちかよ
にまどろむひまもあらばこそおのがつばさをならべながら人のわかれをかなしまぬやこへの
とりのもろ共によすからないてそあかしけるはやしのゝめもあけゆけはすけなりいふやうはいま
しばしもと思へ共かりばのいとなみ仕らんこんじやうのなごりはたゝ今也一じゆのかげの雨やど
り一がのなかれをくむ事もたしやうのゑんときくそかしことさら三とせのちぎり也おほし
いたさんおり/\はねんぶつの一へんもかならすゑかうし給ふへしいざゝせ給へすけなりもみち迄おく
り申さんとうちおとろかせばとらはおもひにあこかれてなくより外の事はなしよろすよ
かさね候共なごりはいかてつきすべき日こそかたふけはやとく/\といひけれはちから
およはすおきあかりなく/\立出給ひけり心の内こそあはれなれそが中むらのさかいなる
山びこ山のとうげ迄おくりつゝ今少おくりたく候へ共時むね来りてまち申さんこのよの
ゑんこそうすく共らいせはかならすおなしはちすと存る也いとま申さらばとてひかふるそで
を引わけて立わかるゝそあはれなるげにやかん/\のゆかの上にはるかにちぎりちとせのつるに
(五ウ)
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ぬ道はちからなしたかひにあとを見かへりてゆくみちさらにみへわかすとらはすけなりすがた
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なみだにくれていゝのこし心にかゝりおほへたり今一とよびかへし給はれとなみたと共にいひけ
れはとう三郎あはれに思ひしばし御まち候へといそきおつかけ十郎をよびかへす何事か
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をそしをりけるやゝ有てとら御ぜんくどき事こそあはれなれさそとちぎらぬゆふくれもこ
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やとり也秋のもみちのかげちりてこせとふらいてたひ給へいとま申さらばとてひかふるそでを
ふりきつて立わかるゝ心の内思ひやられてあはれ也とらはとかくのことばもなく道のちまたにた
(六オ)
挿絵(六ウ)
挿絵(七オ)
おれふしぜんごふかくにみへけるをどう三郎立よりなく/\てを引大いそへこそおくりけれげにやいも
せの中立ほとよにもあはれはあらしとてきく人そでをぬらしけり是はさておきおとゝの五郎
時むねもけわいざかのふもとにとしころかよひしゆふくんあり立よりなごりをかくとあんなひ
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あふと見るゆめぢにとまるやどもかなつらきことばに又もかへらん此女はつと思ひしばらくかんじいた
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よりもしよせん五郎がゆへ也と大きにいかつて五十きばかり引ぐしかまくらよりかへりしがひらつかの
しゆくにて五郎にはたとゆきあふたり時むねはつと思ひにげゝるを源太あまさしとおつかくる
(七ウ)
時むねとつてかへしやあかけすへ御ふんにおそれてにぐるとや思ふらん思ひ有身のかなしさは後日には
ぢをすゝがんとてとうざのちじよくをかくぞかしながおいしてかうくわいすな/\いゝすてゝ大い
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かうと思ひかたはらをみてあればてころなるかしの木有ゑいやつと引たをし一人もあまさしと
五十き斗にうつてかゝりあたるをさいわいにはらり/\とないだりけりかぢはらあんにさをいして
こまひつかへしにけたりけり時むねから/\とうちはらひながおいしてかうくわいすなといゝつるは
こゝ候/\と半町はかりおつかけしがせんねいやつにゆきあいてすけなりまちかね給はんとひとり
事をつぶやきてそがをさしてそかへりけるあつはれ時むね身におもひだにあらすは源太が
命はたまらしとてみなおぢぬものこそなかりけれ
四段目
其後ものゝあはれをとゝめしはそか兄弟の人々にてことにあはれをとゝめたり時むねはすけなり
に参り此たびよりともふじのゑ御出についてとう八ヶ国の大みやう小みやういつれも御供な
さるゝかそれかしは十七のとしよりも母のかんどうをふかくかうふりたれば今まいりたり共さだめ
て御たいめんも候ましあはれふじのへのいとまこひが申たく候となみだをながし申けるすけなり仰
けるやうは其ぎにて有ならは御身はそれにまち給へそれがし一人まいりて母の御きげんをうかゝい
御へんのそせうを申さんとてすけなり一人母のおまへにまいりてふじのへのいとまごいをそ申さるゝ
(八オ)
母は此よし聞召何すけなりはふじのへまいると申かやげにやらんふじのはおとにきく時ならぬゆき
の有所ときくさだめてよさむに有らんとて御小袖をそ下さるゝすけなりつつしんでお
しいたゞきあはれおなじうはおとゝの五郎時むねにも下されよかしと申さるゝ母此由聞召なに
時むねとはたが事そやわらはが子共の中に時むねといふ子はおほへす京の小二郎は時むね
とはなのるましゑちごのせんしほうはほうしの身なれはなのるまし二のみやのあねはによせうの事也
あふ思ひ出してありおさなくてはこわうとて有しをちゝのぼだいをとはせんためへつたうにけいやくし
はこねへのほせて候へば母がめいをそむきよのまにはこねをにけ下りいづのほうでうをゑほし
おやにたのみすけ五郎時むねとなのるよしをきいてあり其時むねとやらんが事を申出したらん
ともがらはこんじやうごしやうふけうのものにて有べきと仰もなく母はなみだにむせばるゝすけ
なり承り其御事にて候はこわう十七のとしほうしになると申てそれがしの方へ人を下し
候ほどにそれがしもちごのすかたを今一ど見ばやなとゝ思ひてはこねへのほり候へばはこわう
立出それかしがてを取明日ほうしになり候がちごはほうしになりぬれば三年は山ごもりと申
てさうなくさとへくたらぬよしを承る其上らうせうふじやうのならいにて母の御めにかゝる
事はなるましいやと申間それがしの申にはなんじさとへさがりおとこになれと申せばはこわう
聞ておとこになりたらば母の御ふけうの候へきと申間それがしの申にはなんしおとこになりて
母の御ふけうの候はゞよきやうに申なをしてゑさすへしと申せははこわうなゝめによろこびはこ
(八ウ)
ねのてらをわけくだりいづのほうてうをゑほしおやにたのみすけ五郎時むねとなのり候其なもすけなり
がなのらする事にて候へばたゝ/\はこわうが御ふしんは此十郎に御めんじあつてあはれふじのへのいとまごひ
をなされて給るならは何にか候へきとかさね/\の給へどつや/\へんじなし時むね物ごしにて是を聞
なむさんほうすけなりのそせうさへかなはねは今はたれ人のそせうもかなふましたゝもとらんと思ひ
しが今申さではいつのよにかは申へきと思ひ又おちゑんにてをかけおつるなんだをおしとゝめふるい
/\一時ほとにくどくにそ上下なみだはせきあへすそれかしが御ふしんを何事そと存て候へは
おとこになりたる御ふしんかやそれは何よりもやすき事にて候おとこになりては候へ共おそらく
は五百かいをたもち給ふ御そうの身にもおとり申ましうを鳥をもぶくせすてらへのほりし
しるしにはほけきやうを五百ぶかゝんと大ぐわんたてきよねんの秋のころ二百七十ぶかたのごと
くかいてはこねへのほせて候其御きやうのくりきもなどかは少はなふて有へきそにちや/\
に御きやうはおこたらすちゝのためには御ほだい扨又母の御きとうとせつなもさらにおこた
らすつとめぎやうする身なれ共たれあつて是を母上に一ごん申上る物もなふてあくれはかん
だうくるれば御ふけうと仰有こそはかなけれ又大ぢをいたゞきましますほとけのみなをは
けんらうぢじんと申て大ぢはおもき事なふしておやのふけうのものゝふむしたことにつるきとなつ
て御身にたつと承るとがありてのかんどう候共かない申ましやとがなくしてのふけうふびんの
次第是也明日すけなりのふじのへ御出有べきになか/\いとうのなにがしとて見しらぬものも
(九オ)
挿絵(九ウ)
挿絵(十オ)
なきものをかげとかたちに時むねも御供申て出へきにかりばのおのゝならいにておごしたにこし
のながれたにもあたりもしもむなしくなるならばついにはふけうのゆりすしてみらいのかうは
いかゝせんあはれよのなかにおやにゑんのなきものは此ときむねにてとゝめたりそれをいかにと申
にちゝかわづ殿は三つのとしはなれ申こんじやうにおはします母上は七才のとしはこねへのぼ
り申時見まいらせしまでにておがみ申事もなしちごにてありし時にこそよそ/\也と
申共おとこになりて母上にそいまいらせんと思ひしにあんにさういしておとこになりたるかとが
よとてあくればかんどうくるれば御ふけうと仰有こそはかなけれたとへふけうはゆりす共
などさてふじのへのいとまこいに母上のうしろすがたをなり共一めは見せて給はらぬそとにか
くに是も思へばつみそかしたゝもとらんと思ひおちゑんをすご/\と立けれは心つよき母上
もたへかねあいのせうしをさらりとあけ五郎かたもとに取つきやあどうり也ことはり也
おやの身として何しにわが子をにくむべき是もなんじを思ふゆへ今までかんどう有つれ共
もはやふけうをはゆるすそ/\時むねとてなみだにむせひ給へば時むねも母のたもとにすか
り付うれしなきになきけれはすけなりもよろこびなみたをながさるゝ母上はいざ兄弟
ふじのへのかど出せんそこなたへとの給ひてつねの所へ入給ふおまへ女ほうおそへの人まで
さてもめてたやとてみなかんせぬものこそなかりけれ
五段目
(十ウ)
其後母上は兄弟にふじのへのかど出にさかづきせんそれ/\と有けれはやかて御かはらけをそい
だしける母は取あけさせ給ひてすけなりに下さるゝすけなりは時むねへときむねは
十郎とのへとやゝしはらくのしきだい也母上仰けるやうははこわうほうしにて有ならはさき
にのむへけれ共おとこになりたるうへまづすけなりと仰けるすけなり三ごんくんでほされ
ける母上すけなりのさかつき取あけさせ給ひてけにやらん時むねはちゝにおとらぬまいの上す
ときく一ひやうしまへさかなにせんと仰けり時むね承り母の御前にてまいまふべきも今ばかり
とそんすればいつ/\よりも心ほそくそまいにけるしづやしづしづがおだまきくりかへしむ
かしを今になすよしもがな/\とやゝしばらくうたひしがおつるなみだにめもくれてまいをは
ちうでまいとむる母上つく/\御らんじてげに/\ちゝにおとらぬまいの上すかなおなじくは
此まいをちゝかわづ殿ともろ共に見るとだに思ひなはいかばかうれしかるへきと御らく
るいはひまもなしそれよりも時むねにさし給ふ時むね御さかづき給はり三どいたゝきほさんと
せし時母は御らんしさかなをとらせんとてからあやの御小袖をそ下さるゝ時むね母の下され
たる小袖をきわがきたる小袖をぬき申是なる小袖あまりあかなれ見ぐるしやたれか御前なる
女ほうたちにまいらせん母何子共のきたる小袖を女ほう共ゑはかなふましそれこなたへとの給ひて
おふそれなから母の御てに取あげさせ給ひてしばしはものをもの給はすあらふしぎや是過にし
やよいのころ十郎にかしたる小袖也すけなりはつねにさて母にこそでをかるほとにかすとのみ斗
(十一オ)
挿絵(十一ウ)
挿絵(十二オ)
にてかへす事のなき間母がつね/\思ふにはあのすけなりはわかきものゝ事なればあそびの女か
いろこのみにもとらせけるかと思ひしにひんなるおとゝをはごくみけるかほど思ひあふたる兄弟
がなかにふしんをなせる母が心のうちのうらめしやかほどしほるゝ小袖をさてみづからこそふけうする
共などさてやゑのおばごはすゝいではゑさせぬそおばかにくみてすゝがすは二のみやのあねは
すゝいてとらせぬそあねごがにくみてすゝかすはわがまへの女ほう共なとやすゝいでゑさせぬ
そすゝぐを母か見たり共かんとうの子なりとてうへにははらをたつ共心にはなんぼううれしかる
べきにおやのにくむ子をはさて一そくうちのものまてもにくむこそはかなけれいかに時むね去
年のさ月のころ二のみやのあねの方より小袖ばしゑたるか下されて候それもあねはとら
せす母がとらせて有けるは又みしまのほうぜうゑのころやゑのおばごの方よりひたゝればし
ゑて有か給はつて候それもおばはとらせす是も母がゑさせたるは時むね承つて其後は
給はるかたも御ざなく候と申母は聞召何とかたるとつきすましこよいは是にとまりよと
共かたり明日ふしのへ思ひたてとそ仰ける兄弟めとめを見合ておや子わりなきなか
なれとわかれし後を御そんしなふてかやうにとゝめ給ふ母の心の内おしはかりまいらするとてし
のひ/\のなみだ也すけなりしやく取なをしわが君此たびふじのへの御出はとう八ヶ国の大みやう
小みやうのめうじなのりをしろしめされんためなれは人かす罷出にげしゝの一つもとゝめいとふ
かしそんにさるものありやと見しられ申けんめいのちのかたはしにあんどをなし出入すかたを今
(十二ウ)
一ど見せ申さんがため也ととかくいつはり申御前を立けるがいまがわかれの事なれはやたてま
き物取出しすけなりのうたにかくばかりけふいてゝ又もあはすはおくるまの此よのうちになし
としれきみ時むねやかてつけたりけりちゝぶ山おろすあらしのはけしくてこのみちりなははゝい
かゝせんとかやうに二しゆのうたをよみせうしのあいへおし入すけなりはあになれはゑんのはなより
馬にのる時むねはばゝすへよりうちのりたり母上はかずの女ほうたちをひきぐしてちうもん
まて出給ひ兄弟の馬のれいぎのたゞしさよすけなりはあになれはさそくまびしと思ひしに
おとゞにいつきかしづかれ心やすく有やらんいろもしろくじんじやう也又五郎ははこねそだちの
ものなれはさそ有らんと思ひしにあにがともをするほどに月日にてらされ有やらん色
もくろくくまひたりあつたらわかき子共をよにあらせうさみくづみをとらせつゝ出入すかたを
今一ど見るとだに思ひなはいかばかりうれしかるべきな女ほう共とてたゞほう/\として
たをれふしてそなかれける女ほうたちはゆみや取のものゑのかと出にあとを見かくす事なか
れこなたへいらせ給へとてつねの所へ入申かりそめなからながきわかれとはのちにそ思ひしられ
たりそれよりも兄弟はこまをはやめていそかるゝかの人々の心のうちものゝあわれはこれ也とて
みなかんせぬものこそなかりけれ
六段目
其後時むねはすけなりにちかつき母のふけうはゆるされつ今ははやこんしやうに思ひおく事
(十三オ)
候はす此上はへんしもいそぎうちじにしてなをばんたいにのこさんと思ひさだめ候也さりながら
それがしはこねを立出候時ごんげんに御いとまをも申さすましてししやうにかく共しらせ申さね
ば是のみ心のかゝり候といひけれはすけなり聞てさあらははこねへのほらんととうけをさし
てそのほりけりまりこ川にさしかゝりすけなりこまをひかへいかに時むね御ぶん三才すけ
なり五つの時より十八年が其間此川をわたる事其かすおほく有らんに今わたりはてん
こそかなしけれなとやらんいつよりも此水のにごりて見ゆるはふしぎ也時むね聞て水のにご
るもことはり也それ人間のめいどにおもむく其時はものゝいろかはるとこそは承るわれ
/\がそがを出しはしやばをいつるにことならす此川は三つの川ゆさかのとうけはしでのやま
かまくら殿はゑんまわうはこねのべつとうは六道のうけのぢぞうぼさつと存る也とたがいに
かたりなぐさみてみちをはやめてうつほどにはこねのとうげになりしかばごんげんの御前に参り
わにぐちてうどうちならしかたきをうたせて給はれとふかくきせいを奉りそれよりべつとうの
ほうに立よりかくとあんないこい給ふべつとう立出たいめんしめつらしや人々是ゑ/\と仰ける兄弟の
人々此ほどのおこたり申あげんやうもなし何事もか事も御めん有て給はれとかうべをちに
つけ申さるゝへつとう聞召時むねおとこになり給へばとていかてかおろかに思ふへきめん/\の心
の内ぐそうもそんじの事なれはいたはしくこそ思ふ也いかでかうらみ申べき人にたのまれ候事ざい
けしゆつけにかぎるましぐそうもわかく候はゝなどかはたよりにならざらんとなみだをながし
(十三ウ)
の給へば兄弟の人々有かたき御なさけいつのよにかと申もはてすなみたにむせひ給ひ
けるべつとうかさねての給ふはきとうにおいてはたのもしく思ひ給ふべし千ぎ万ぎのかとうどには
まさらんとしゆをさま/\にもり給ふさけもすくれば何をかかといでいわひ申さんとざし
きをすんど立給ひたち二こし取出し此一こしはきそよしなかに三代さうでんとて三つの
たから有第一にりうわうづくりのなぎなた第二にくもおとしといふたち第三に此かたなと
をらぬものなけれはとてなをはみぢんとつけられたり此たちにてかうみやうし給へとてすけ
なりにたび給ふ扨ときむねにはひやうごぐさりのたち一こし取出し此たちと申はむかし
たゞのまんぢうの御時いこくのかぢをめされ三ヶ月につくらせ二尺七寸ひげきりとなづけひ
そうしてもたれしがちやくしらいくはうのよになりて此たちまくらにたてゝおかれしにおりふし
風ふき此たちたをるゝはかせにてそばなるさうし三てうきれけれはてうかとなづけても
たれたりそれよりかわちのかみよりのぶのてにわたりそれにてのふしぎには此たちをぬかれけれ
ば四ほう五たんばかりのむしもつばさもきれければむしばみとなつけけるそれよりいよの
かみよりよしのてにわたりそれにてのふしぎにはおり/\御しよちうしんどうしにんみんおほ
くうせにけり有時よりよし此たちまくらに立られしに此たちおのれとぬけて大ぢ一ぢやうそこ
に入大しやのおかしら四つにこそはきりにけれそれよりどくじやとなつけもたれけりそのゝち
八まん殿のてにわたりそれにてのふしぎには其比うぢのはしひめあれて人を取有時八まん殿
(十四オ)
かしこをとをり給へは川水しきりにして十七八のびぢよ一人はしの上にあらはれよしいへを川中へ
いれんとす此たちおのれとぬけてはしひめがゆんでのかいなをうちおとすそれよりひめきり
かいみやうしてもたれたりそれより六てうのほうぐはんためよしのてにわたりそれにてのきどくには
此たちに六寸ばかりまさりたるたちをそへておかれしに此たちおのれとぬけてよもすから
思ひけんあまる六寸きりおとすそれよりともきり丸となづけたりちやくしよしとも
のてにわたりぶつほうしゆごのほとけとてくらまにこめをき給ひしを九郎よしつね申おろし
もたれしが平家のうつてに上られし時きとうのためとて此山にこめられたり此たちにて
ほんもふをとげ給へとて時むねに給はりけり兄弟の人々有かたし/\と三どいたゝき命つれ
なふ候はゞ又もや御めにかゝらんとたがひにいとまこいこはれ御前を罷立すそのをさしてそ
いそかるゝ此人々の心のうちきせん上下おしなへてみなかんせぬものこそなかりけれ
(十四ウ)


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