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ゆり若大じん

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校正

翻刻にあたり、横山重編『説経正本集第三』(角川書店、昭和四十三年)所収の赤木文庫蔵本(底本と同一、以下【説】)本文と比較対照した。
(十一オ・10-11行目) 申上て給はれとふかくたのませ給ひける承候とていそき行にまいりつゝ大臣の御前にて此よし— 【説】(無し)
(十三オ・17行目〜十三ウ・1行目) @@@@@@@— 【説】れば御寺に有し

翻刻

ゆりわか大じん
初段
さてもそののちそれわがてうと申はくにとこよりはじまりいざなきいさなみのみこと
よりてんしん七代ちじん五代にあひつゝきさてにんわうのみよとなり五十二代のみかと
をはさかの天王のぢてんにならひなきしんか一人おはします御なをはゆり若大臣と申
たてまつるしかるにこのきみをゆり若大しんと申事此ちゝ左大しんきんみつによつぎの
あらさればやまとのくにはせ寺へ七日こもらせ給へはまんする夜くわんをんの御てより
ゆりの花のつほみたるをあたへ給ふと御らんしてもふけさせ給ふ御子なれは御なをいひつたへ
ゆり若大しんと申ける御せいのたかさ七尺二分ちからはせんまん人にこへ御きれうこつからは
よにすぐれたくいまれなるしんかなれぽはんみんうやまひ奉るさて又きたの御かたは三
条のみふの大なごんあきとききやうのひめ君なりたつたもみぢ身にうけ二八の春
の花さかりいもせふうふの御ちぎりまことにめでたふ聞へける是はさてをきその
ころ日本よりうんなんはんにあたつてむくり国といふ国ありかみさか様にはゑかゝり
ちからは万人にこへたりかのくにの大将をはりやうそうくわすいとこそ申けるあるとき
かれら申やうこれよりひんかしにあたり日本といふくにありたひ/\せめしたかへんとたくめ
とも神国たるによりかなはずいざやせめいりおれらのくにとなさんとて四万そうの舟をもよ
@してつくしのはかたへせめにける是はさてをきそのころみかとにはくきやう大じんあつまりて
(一オ)
挿絵(一ウ)
挿絵(二オ)
花見のくわいの有し時つくしよりはや使こそまいりけるむくり国の大将あまたの大せんのりつれてつくしの
はかたへせめ入申を国に有あふ弓取ふせきたゝかい申せともかれらがはなつやはどくにて雨のふる事く
にて候へはなか/\かなひかたきとそうもんあるみかと大きにおとろかせ給ひ此たひのうつてにたれか
つかはんと御しあん有しがゆり若大じんをつかはんとの御てう也大しん御てううけ給はり是は大事のせんし
なりきしんは二そうのものなれは先神力をあふぐへしといせかもかすかへまいり御しんたくにまか
すへしことにいせにてみかくらを上られける恭もないし所の御たくせんに此たひうつてにむくならはくろ
かねの弓やをもつへしさもあらは諸神かうりよくあるべし此事おそくてかなふまじと神はあからせ
給ひける大しんは御たくせんにまかせくろかねの弓やをもつへしとかちをめしよせしよしやうをきよ
めかちやとさためせいくをつくしてつくりたて弓のなかさ八尺五寸まはり六寸二ふ矢つかは
三尺六寸ねにやつめのかふらやをいれ引てはかへすへからすとてにんきやうのかぶらやを
さし給ふすでにゑらむ吉日はこうにん七年かのへさる二月八日にみやこを立その日は
やはたにぢんとり給ふかくてむくり共このよしをつたへ聞むくり共まつ/\このたひはちんをひけや
とてみな/\国へかへりける大@殿は此よしを聞し召いそきそうもん有けれはみかどゑいらん
まし/\て大しんに此たひ@@@うとてつくし九か国のこくしをくたさるゝとの御てうなり
大しん有かたし/\と三度て@@い有て御まへを罷立それよりも供人あまた引くしてつくし
をさしてくたらるゝふんごのくにゝやかたをたてゑいくわにさかへておはしますかの大しんどのゝ
こゝろのうちうれしきともなか/\申はかりはなかりけり
(二ウ)
二たんめ
さてもそのゝち大じんとのつくしになればぶんごのこうにみやこをたて国に有あふ
ゆみとりとも日々にしゆつしはひまもなしゑいぐわにさかへおはしますこれはさてをき
みかとにはくぎやうせんぎありけるは此たひむくりが大将壱人なりともうちとりてこそ
いくさにかちたるしるしもありむくりは二そうのものなればなにと思ひて引つらん大じんに
今一度むくりこくをせめしるしを見せとのせんじなりくきやう大しんうけたまわり
さて大しんにたいめんしせんじのおもむきかやう/\と申されける大しんなせんしをかう
むりさらはむくりこくへむかはんとあまたのふねをもよほしてさて大じんどの御さふねをはにしき
をもつてかさりたてへにはいわふ神/\ひかりをはなちたまへはなか/\これにはいかで
おそるへきかくてたいしんとのうづきなかはにむかはるゝ大しんどのござふねに
めされしがみだひ所はなごりをおしみわれらもふねにのせたまはれとふなばたへ
いて給ふ大しんとのはきこしめしいかに申さんきたのかたしよ神をいわふふねなれば
かなふましととゝめたまへはみたひ所はなく/\たちかへりつねの所にいりたまふかくて
大しんとのゝ御さぶねはたうと日ほんのしほさかひちくらがおきにおしいだす
むくりかふねもちくらがおきにぢんとりたがいにおそ.れてちかつかす大しんとの御
らんしてかくてかなふましとふなはたへつつたちあかり大をんあげてなのりける
たゞいまこゝもとへおしよせたる大将をばいかなるものとおもふらんわかきみの
(三オ)
挿絵(三ウ)
挿絵(四オ)
せんしにて左大しんのちやくなんにゆりわか大じんとはわがこと也それ日ほんはくに
ちいさしと申せともしんこくなればしたがへんことはとうらうかをのなるへしいち/\
たいぢいたせとのせんしをこうふりてゆりわかこれまてむかつたりのかすましとをほせ
けるきしんこれをきくよりもわれらかいくさのならいにてきりをふらするてだて
ありきりをふらせとげぢすればきりんこくの大将はうけたまはると申
て大いきをそふきにけるいかなるじゆつにやきりとなつてそふりにける
はしめはうすくふりけるがしたい/\にあつくなりいまははや月日もさらに
見へわかず大しんとのむねんにおほしめしなむやしよ神このきりをはらして
たひ給へときせいをかけさせたまへはきせひのしるし見へにけるほど
なくきりもはれにける大しんとのはこらんしてかう/\とげぢすれはてき
みかたいりみたれこゝをせんとそたゝかいけるかくて大しんとのはくたんのゆみとやをう
ちつかいさしとりひきつめい給へはきしんこと/\くいころされみなをきにそしつ
みけるかゝりける所にむくりか大しやうりうそうとなのつて大しんとのにうつて
かゝるをなむしよじんちからをあわせてたひたまへとしんちうにきねんし上をしたへ
とかへしけるが大しんとのりうそうをとつておつふせすかさずくひをうちをとし給へば
またくわすいとなのつてかゝる所を大しんこれにありやとてやかていけとりたまひ
けるそのほかあまたのむくりをいけとりかちときとつとあけにけるそれ
(四ウ)
より身かたのちんゑぞひき給ふ大しんとのゝてがらのほどきせん上下おしなべて
ほめぬものこそなかりけり
三たんめ
さてもそのゝち大じんどのべつふきやうだいをめしこのたびいけどりのむくり
をつれてまいれとのたまへばうけたまはり候とてあまたのむくりひきいだす
大じん御らんしていかにくわすい見ればなか/\ふびんなりいのちをたすけとら
すべしかさねてわがてうゑせうげをなすましかとの給へは一きじんきいていのち
たすかるものならばなにとてせうげをなすべきとぞこたへけるそのきにて
あるならばしるしをいだせとおほせけるうけたまはり候とてをのがてにすみ
をぬりかみにをしてぞ奉る大じんしるしをうけとりそれ/\とありければうけたま
わると申てみな/\なわをぞときにけるきじんなありかたし/\と三どらい
はいしをのがふねにうちのりてむくりこくへぞかへりけるこの御代よりも手
がたといふ事はしまりけるさて大じんどのこのほどのながぢんにせいきやつくさせた
まふゆへとある所にあからせたまひて御すいめんあり大ちからのくせとしてねいり
てさうなくおきさせ給はずいかなるしんどうらいでんにも御めさめず三日三やぞね
いり給ふさるほどにべつふきやうだいは御そばにありけるがものかたりをぞはしめける弟
のべつふの二郎申やうこのきみせんどつくし九かこくをしたがへ給ふがこんどの御てからにて
日本はわかまゝに成給ふべしくわほうをねがふものならばこのきみのごとくにと申兄
(五オ)
挿絵(五ウ)
挿絵(六オ)
のべつふこれを聞きみはさやうにとみさかへ給ふべしわれ/\はこのまゝにてくちはてんことの
あさましやいざやこのきみねいり給ふ所をうち申しうなくして御あとのちぎやうをと
らんとぞ申ける弟是を聞あらもつたいなの御事やこの君のごをんあめ山かうふりて手に
かけ打申ては天めいゐかでかのかるべき御しあんあれとぞ申けるべつふきいてさてはなんじ
はきみと一身なるよな此事もれきこへなぱわれ/\一人のとが有べしよそにかたきのなき
ぞとてさしちがへんとこしのかたなに手をかくる弟おしとめさやうにをほしめさるゝもの
ならばてにかけうち申さすともこのまゝにてしまにすてをくものならば十日はいかでいのちの
有べきとそ申ける兄のべつふ此よしを聞おもしろく申されたりいさやさやうにいたさんと
御そばなる御きせなが御けんくろがねの弓をぬすみとりみかたのぐんびやうちかづけて
きみはむくりが大将のいるやを御きせながのひきあわせにうけとめさせたまひ
むなしくならせ給ふさて有べきにあらさればふね出せよとけちすれば身かたのぐんびやう
ひとへにゆめの心ちにてわれおとらじとふねいだす一そう二そうのふねならすあまたの
そのをとに御めさめいかにたれかあるとおほせけれとも御返事申物もなしこはいかにとお
ほし召あたりを御らんあれば人壱人もなしさてはべつふが心がはりしたるかやみかたのぐんびやう
我をばつれてゆかんぞやあのふねこちへとまねかれけるふね共のおと高く心のつけるものはなし
にくきべつふとて弓といへともゆみもなしたちといへどもたちもなしあまりのことに海中
ゑとび入ておよがせ給ひけれともふねはうき木のものなれはかせにまかせてはや
(六ウ)
かりける大しんなちからなくうかりししまにあがらせ給ふがげにそうりそくりがいにしへ
かいてんにてたうにすてられしもこれにはいかでおとるべしそれはせめて兄弟にてかたりなぐ
さむこともあり所はわづかの小嶋にてかたりなぐさむこともなし又月の出べき山もなしあ
したのひはうみより出て又もやうみに入給ふつねにこととふものとてはなみになかるゝむらかもめ
なぎさのちどりなく時はなをもとものこひしく思召なけきしつませ給ひける大じん
どのゝ心のうちむねんなりとも中/\申計はなかりけり
四たんめ
そのゝちべつふ兄弟つくしのはかたへふねをよせそれよりも御所をさしてそ上り
ける御所にもなればおりふし北のかたさつしやうをかまへいまや/\とまちたまふ
べつふしほれたるふぜいにてまいりけるきたのかたは御らんしてきみはなにとて
おそきぞとおほせけるべつふ申やうきみはむくりとくませ給ふと申けるさり
ながら御かたみのものをたまはりて候と御きせなが御けんかねのゆみをたてまつるきたの方
は聞しめしこれはふしぎのこと共かなかたきとくませたまはんにいつのひまあつてかたみを
とゞめうみにいらせ給ふはふしぎなりあはれこのものきやうだいをごうもんしてとはばや
とおぼしめすがはかなき女せうのことなれば心ひとつでかなはず御かたみにいだき付
もだへこがれてなき給ふこれはさてをき兄弟うちつれみやこをさしてそ上りけるみやこに
なればすぐにだいりへさんだいしむくりがほうつよきによりゆりわかしまにて打しに仕候
そのゝちそれかしのふせぎいくさにうちかち申なりとやかてしるしをたてまつる
(七オ)
挿絵(七ウ)
挿絵(八オ)
みかとをはしめ大じんはうたれたるよなと御なげきはかぎりなしさてべつふにはこんどのけ
せうとてつくし九かこくのこくしをくださるゝ兄弟かたしけなきとて御前をまかりたち
つくしをさしてぞくだりしが道すがらべつふ心におもふやう日ほんをと思ひてこそ君
をうしない申たれめつらしからぬつくしのすまひやと兄弟うちつれつくしをさして
ぞくだりけるべつふ心におもふやうわれ三十にあまる迄やまめからすのふせいにて
いつまてかくて有べきそ大じんどのゝきたのかたは天下になをへしびじんなりかせのた
よりの玉づさをつかはし見んとてふみこま/゛\とかきしたゝめつかいにこそはわたさるゝ
つかい玉づさうけとり女はうたちにちかづきみやこよりのをとつれとてかのふみを
さし上けるきたのかたいそぎひらいて見たまへばべつふがかたよりの文にて有ける
と二つ三つに引さきいのちあればかゝるものうきことを見るものをとて守りかたな
をするりとぬきすでにじがいと見へにけるめのとおどろきおしとゞめふかくなり
とよわかきみさまわらわにまかせ候へとやかてふみむしたゝめ使のものにわたし
けるつかいふみをうけとりべつふにこそ見せにけるべつふひらいてはいけんすみ
とせのうちのにいまくらわれにかぎらぬことなれはすまふぐさもとり/\のならひあり
まみゑん事はやすけれど君のむくゑにおもむきうさのみやにさんらうしせんぶの
経をかきよまんと七百四ふはかきよする二百四ぶはかきよまずこのぐわんおはり
てそのゝちはともかくもいたさんとのへんじをたよりにあかしくらしていたりけりこれは
(八ウ)
さてをききたの御方女ばうたちをちかつけて大じんどのゝあそばしたるかねの弓うさの宮
にこむべしその外鳥るいちくるいみな/\十二の鳥の御たかのその中にみとり丸といへる
たか有けるが君のわかれをかなしみてさらにたつことなし北の方は御らんじて君の御ひさう
のたか成がつかれに及びてあれはこそひれふすとおぽへたりゑぢきをあたへてはなせよと
の御てうなり承候とてみな/\女性のことなればゑがいのやうをしらずしてはんのまるめてあたへ
給ふ此たかめい鳥のことなればはんをくわへくもいはるかなとび行ける大しんとのゝ御ざ有けんかい
が嶋へとびつきてかのはんを大じんどのゝ御まへにをきわか身はそばなる岩にはをやすめいたり
ける大臣は御らんして是はいにしへのみどり丸かと思召御てにすへさせ給ひさて大臣が此しまに
有を何とてしりて來るそやけに鳥類は五つう有とは今こそ思ひしられたれ扨も是
成はんはみだい所のわざかや今是程の身と成て此はんふくしてあれはとていく程のいのち
をなからゑんさりながらみどり丸が万里の浪をわけこしたるやさしさよいでふくせんと御てに
上させ給へば此たかうれしげにはをたゝきいたりけるいかにみどり丸此嶋に木のはだにもあらさ
れば思ひの色もいかゝせんと有けれぱこのたかくもいはるかに上りける大臣は御らんじてなごり
をしのみどり丸やなしはしとまれと思召がさはなくしていつくよりかとび来りけんかぢのはを二枚
ふくみ来り誠やそうかの思ひ事ばをかりのつばさにをつとりてしも今こそ思ひしられ
たり我も思ひはおとらじと御こゆびをくいきりちにてもじをぞあそばしたりかぢのはのこと
なれば一しゆゑいじておしたゝみすゞ付にゆひ付て日本のかたへはなされける大臣どのゞ心の内
(九オ)
挿絵(九ウ)
挿絵(十オ)
あわれとも中/\申はかりはなかりけり
五たんめ
そのゝちかくて此たか三日三夜と申にはぶんこの御所にとびつきぬみだひ所は大じんどのゝ御ため
とてぢぶつだうにましますがみどり丸を御らんじてすゞ付を見給へばちにてかきたるもじ有いそぎ
取上見給へばいにしへの人のことを取て一しゆの哥にかく斗とぶ鳥の跡斗をたのむ君うはの空成
風の便をと書て有さては大しんどの此よにまします印也いかにみどり丸汝はいか成方へ飛行て大
臣殿にはあふたるぞやうら山しのみとり丸やとて袂をかほにおしあてて御泪にこそはむせぱるゝさ
ぞや大臣殿御さ有し所にすゝりすみのなけれはこそちにてあそばしたれいざや硯をまいらせんと
紫硯を取出しゆへんのすみ紙に筆をまきそへみたい所の御ふみ扨又あまたの女房達我をとらじ
と文をしたゝめすゞ付にゆい付今度は早く帰れとてはなさるゝ此たかめい鳥のことなれはくもい
はるかにとび上りされ共此たか硯をゆい付られしことなればしだい/\にさかりしが爰はと思ひと
ひけるが多くの文が水をふくみ其まゝ海に引されてうきぬしづみぬ流れける是は扨置大臣
は猶も命のすてがたくいわまの宿を立出てみるめ青のり取に出させ給ひてみきはの方
を見給へは鳥のはの有けるをふしぎさよと思召取上て見給へは此程かよひしみどり丸也いそき取
上見給へは空敷成も断也おほくの文共水をふくみ紫硯とゆへんずみ是は女性のはかなさよ墨ふで
たに有ならばこれ程多きいわをにていか程物を書べきに硯を付る事は鷹をころさん其為かとそのまゝ
そこにたふれふし只さめ/\となき給ふ扨有べきにあらされば力及ぽず大臣殿岩間の宿へ帰らるゝ是は
さてをきべつふの太郎思ふ様大臣殿の北の方へたひ/\文をつかはししがとかくの返事更になし此程はうち
(十ウ)
たへて文の便もなき事は口をしやと忠太を近付いかに忠太大臣殿の北の方こよい万のふが池にてふぢつけ
にすへき也此ぎそむく物ならば汝共にざいくわたるべし此事重てしるゝ物ならば大臣殿の御事をかなし
み給ひて身をなげ給ふと申べしいそげ/\と申ける忠太こはもつたいなしとは思へ共時よにしたがふことなればむか
いのこしをまいらせ女ぱう達を頼申われらが所にほうらい山をかざり申也此程の御もふきをはらし候様にむ
かいのこしをぢさんいたし候と申ける女房達は比よしを申上ければ北の方は聞召やさしの忠太が心ざし
のうれしさよと思召忠太か方へそ御こし有忠太が元に成しかば忠太はさつせうをかまへふうふもろ共
よきにいたはり申けりみだい所は月日かげさす御ざしきにて月を詠都のことを思召出されて御泪に
むせばるゝ忠太此よし見るよりもいたはしながら申様いかに申さんみたい様べつふ申ける様はこよいまん
のふがいけにてふしつけに申せと是迄申入候と有ければみだい聞召扨も口をしき次第やな大臣
殿の御さあらばかやうの事も有ましき物をとて只さめ/\となげかるゝ忠太が女房是を聞いかに
忠太殿あのみだひ所は我等が御しうなればわらわが御身かはりに立申べし我をふし付になして給はれと
申ける北の方は聞召扨もたのもしき女房かな去ながら大臣殿にはなれ我は一命もおしからす我をふし
付になせなき跡にて念仏申てたへとこそはの給ひける女房聞召さる事なれ共君の此世に御ざ有事は
みどり丸が中立にてしれ申候也我等御しうの身かはりに立申事事しゝての後水神もあはれみ給へは成仏
うたがいなしとかくわらはに御まかせ候へと様/\申ければみだい所はしごくの道理につめられおくのまに入給ふ
忠太心に思ふ様みだい所をふし付になし申物ならば女房も共に身をなけへし此事そむかは大事
なるべしとかとわきのおきなにとはばやとておきなか元へ行女房御身かはりのよし一々次第に申たる
(十一オ)
挿絵(十一ウ)
挿絵(十二オ)
翁聞それ弓取の子をせんでうへ立打じにする習も有それを父にとい母にとふ事はひがこと也御しうの
御身かはりにたつこそは本望也とかくは御身はからへとは申せ共わが子のことにて有けれは泪にむせび
いたりけりそれより忠太は女房に近付とかくは御身次第也と申ける女房心へたりとみだい所の召たる十二
ひとへをきかへしづめの石を首にかけまんのふが池にぞいそぎける女房忠太に申けるはいかに忠太殿これがさい
ごのわかれ也此よのゑんこそうすく共らいせは必ひとつはちすのゑんと思ふぞと袂にすがり付思太思ひ切
てはいたれ共さすがわかれのことなれば泪にむせびいたりける女房正ねんの下よりも忠太心よはく
てかなふましとてやかて立かへり南む三ぼうとてそのまゝふちへぞしつめけるかの忠太が女はう
たのもしきとも中/\申斗はなかりけり
六たんめ
そのゝちいきのうら人はおきへつりに出けるが浪風にうかされていづく共なくながれ行大臣殿の御
ざ有けんかいが嶋へながれ行舟人嶋へ上りいと物うき折からに大臣殿を見奉り扨もぎやう成
いき物有やとておちてあたりへよらさりける大臣殿は聞召扨は我姿ははや人間とは見へさりけると
泪をなかさせ給いける舟人申やう扨汝はいか成者ぞとといければ大臣殿は聞召我は一とせむくり
の打てにおもむきし時ふなぶにさゝれたる者也舟に乗をくれかく成はて候也哀と思し召ならは我をたす
け給はれと御手を合申さるゝ舟人聞て扨もふびんの次第かなさらばたすけてまいらせんとみぎはの舟にのせ申せ
ば有難や浪風もしづまりせつなが間にいきの国に付給ふ是は扨置べつふの太郎は九か国の大将とて恐てな
びかぬ草木もなかりける何にても珍しきいき物あらば申上べしとふれけれはいきの舟人聞よりもいつく共なき嶋
にてひろい取申たりと大臣殿を奉る扨もけうかるいき物かな鬼かと見れぽおににてもなし人かたして人にて
(十一ウ)
もなしがきといふは是かとよ我にしばらく我にあづけよ都へつれ行さひしきおりふし物わらいのたねと
なさんとやがて門わきの翁にあつけ給ひけるおきなあつかりてよきにいたはり申ける大臣殿は見しりて御ざ
有が翁は見わすれたり有よの物語にぱゝ申けるは此忠太がもとへゆきつるが娘いづかたへかまふでしたるとて
あはざるとかたるおきないふやういやそのぎにてなしゆり若大臣殿の北の方へべつふ方より御文かよはせける
がなびかせ給はぬゆへに此三日さきまんのふが池にてふしつけにせしを御しうの御事なればとて御
身かはりにたて申也とぞかたりけるうば聞よりもげにさやうに有ならばなとやいとまをこいにきた
らぬぞとてさめ/\とそなきにける大じんな此由を聞召たのもしき者共かな爰にてなのらはやと
思召が人の心のおくふかくぢせつとまたせ給ひけるかくてその年もくれ行あら玉にも成ければ九か国
の大名べつふをいわふとて弓のとうをこうけうしいたはしや大臣殿をこけ丸となつけ矢とりの
やくにさしにける大臣殿は爰にてうんのひらかはやと思召そこ成との弓たちのわかさよこゝ成
とのゝをしてのふるゝ事とさん/\にあつこうなされけるべつふ此よしを聞なんじがいづくにて弓を引
さ様には申ぞやさ程にもどかしくは一矢ひけとぞ申けるぜひ引ましき物ならばすは八まんも御ぢ
げんあれ人でにはかけましきと申ける大臣殿は聞召一矢いたく候へ共いる弓が御ざなく候と仰
けるべつふ聞弓はいかやう成がのぞみぞととへば大臣聞召弓はつよきが所望と有ければ
それこそやすき望とてつくしにきこゆるつよ弓を十てうそろへ大臣殿に奉る大臣殿二三てうをつ
とりゆらりと引おりいづれも弓はよはく候と有ければべつふ聞いつぞやゆり若大しんとのゝ
あそばしたるかねの弓うさの宮よりも申をろしていさせよとて有ければ畏て候とやが
(十三オ)
てゆみを奉る大臣殿は弓をつ取これこそ天のあたへと思召かゝり松におしあてゆらりとはりをかけ
給ひまとには御めをかけられずべつふを御めにかけ給ひかふらやを打つがい大おん上てなのり給ふは我をは
誰と思ふらんいつぞや嶋にすてられしゆり若大臣とは我事也いかに/\と有ければへつふをはしめ九か
国の諸大名ゑぼしをならべ御前に畏る大臣殿は御らんしてべつふを只今ざいくわたるべきがせんしをかうふり申
さんそれ迄はまつらとうにあづくる也扨それよりも忠太が元へそいそがれける忠太かもとに入給へばみだい所はいそ
ぎ立出御たもとにすがり付是は/\と御悦は限なしさて大臣殿は御将ぞくを召かへ都をさしてぞの
ぼらるゝ都になればすぐにさんだいなされけるみかどゑいらんまし/\てめづらしの大臣やべつふか申はう
たれたるよしを聞つるに二たびさんだいいたす事さぞやうれしく思ふらん本れうなればさういなしとの
せんじ也有がたし/\と御前を罷立とも人あまた引ぐしつくしをさしてぞ下らるゝつくしになれば
いきのうら人をめし汝はいのちのおやなればいきの国を下さるゝ有かたし/\と御前を罷出さて
そのゝちべつふをば十二のはしごにからめつけ矢ぜめにこそはなされける扨又べつふが弟をはしまにて
申ことばのやさしけれぽいきのうらへながさるゝさて大臣殿本領なればさういなくむねにむねを立
ならへふつきの家とさかへ給ふしやうこも今も末代もためしすくなき次第とてみなかんせぬものこそなか
りけれ
右此本者大夫直傳之正本を以
写之令板行者也
大伝馬三町目うろこかたや
孫兵衛新板
(十三ウ)


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