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2022-07-01
10:22 集計
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https://doi.org/10.18910/8050
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aes06-013
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論文情報
タイトル
戦後日本における学校への臨床心理学的知の導入過程
別タイトル
The Introducing Process of Clinical Psychological Knowledge to the School System in Postwar Japan
タイトル (ヨミ)
センゴ ニホン ニオケル ガッコウ ヘノ リンショウシンリガク テキ チ ノ ドウニュウカテイ
著者
保田, 直美
保田, 直美
著者の別表記
Ysuda, Naomi
著者 (ヨミ)
ヤスダ, ナオミ
抄録
近年、特に学校を中心に、スクールカウンセラーの導入という形で、臨床心理学の考え方が広がりつつある。実は、このような動きは最近に限ったことではない。文部省の主導で学校に臨床心理学的な考え方を導入しようとする試みは、今回で戦後3度目である。1950年前後に行われた1度目の試み、1960年代半ばに行われた2度目の試み、そして1980年代以降から現在まで続いている3度目の試みである。臨床心理学の考え方の導入という意味では、1度目・2度目は芳しくない成果に終わっているが、3度目の今回はスクールカウンセラー制度の確立という形で成功しつつある。本稿では、その3度の試みの歴史的経過を、特に、文部省と臨床心理学者の関心に注目して整理した。結果、1度目は専門学会ができておらず、臨床心理学者間で関心の統一ができていなかったこと、2度目は臨床心理学者の関心が学校ではなく病院での地位向上に向き、完全に文部省と関心が食い違っていたこと、3度目は両者の関心が「専門職としてのカウンセラーを学校に導入する」ということで一致していることがわかった。この結果は関心の一致のさせ方が次第に巧みになっていることを示唆している。
公開者
大阪大学大学院人間科学研究科教育学系
公開者の別表記
Department of Education Graduate School of Human Sciences, Osaka University
公開者 (ヨミ)
オオサカ ダイガク ダイガクイン ニンゲン カガク ケンキュウカ キョウイクガクケイ
掲載誌名
大阪大学教育学年報
巻
6
開始ページ
13
終了ページ
24
刊行年月
2001-03
ISSN
13419595
NCID
AN1055404X
URL
http://hdl.handle.net/11094/8050
言語
日本語
DOI
info:doi/10.18910/8050
カテゴリ
紀要論文 Departmental Bulletin Paper
大阪大学教育学年報 / Vol.6
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著者版フラグ
publisher
NII資源タイプ
紀要論文
ローカル資源タイプ
紀要論文
dcmi資源タイプ
text
DCTERMS.bibliographicCitation
大阪大学教育学年報.6 P.13-P.24
DC.title
戦後日本における学校への臨床心理学的知の導入過程
DCTERMS.alternative
The Introducing Process of Clinical Psychological Knowledge to the School System in Postwar Japan
DC.creator
保田, 直美
DC.creator
Ysuda, Naomi
DC.publisher
大阪大学大学院人間科学研究科教育学系
DC.language" scheme="DCTERMS.RFC1766
日本語
DCTERMS.issued" scheme="DCTERMS.W3CDTF
2001-03
DC.identifier" scheme="DCTERMS.URI
http://hdl.handle.net/11094/8050
DCTERMS.abstract
近年、特に学校を中心に、スクールカウンセラーの導入という形で、臨床心理学の考え方が広がりつつある。実は、このような動きは最近に限ったことではない。文部省の主導で学校に臨床心理学的な考え方を導入しようとする試みは、今回で戦後3度目である。1950年前後に行われた1度目の試み、1960年代半ばに行われた2度目の試み、そして1980年代以降から現在まで続いている3度目の試みである。臨床心理学の考え方の導入という意味では、1度目・2度目は芳しくない成果に終わっているが、3度目の今回はスクールカウンセラー制度の確立という形で成功しつつある。本稿では、その3度の試みの歴史的経過を、特に、文部省と臨床心理学者の関心に注目して整理した。結果、1度目は専門学会ができておらず、臨床心理学者間で関心の統一ができていなかったこと、2度目は臨床心理学者の関心が学校ではなく病院での地位向上に向き、完全に文部省と関心が食い違っていたこと、3度目は両者の関心が「専門職としてのカウンセラーを学校に導入する」ということで一致していることがわかった。この結果は関心の一致のさせ方が次第に巧みになっていることを示唆している。
DC.identifier
info:doi/10.18910/8050
citation_title
戦後日本における学校への臨床心理学的知の導入過程
citation_author
保田, 直美
citation_publisher
大阪大学大学院人間科学研究科教育学系
citation_language
日本語
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2001-03
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大阪大学教育学年報
citation_volume
6
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13
citation_lastpage
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citation_issn
13419595
citation_public_url
http://hdl.handle.net/11094/8050
citation_doi
info:doi/10.18910/8050